310 カーナリアン王国「年始の祝賀」その後
カーナリアン王国の王城は、まるで蜂の巣をつついたような忙しさに包まれていた。
東西南北、四大陸それぞれ五ヶ国。
計十九ヶ国から、カーナリアン王国へ次々と親書が届いていた。
これまで竜皇国は、世界のどの国とも深入りしない、不干渉の国だった。
しかし今回、竜皇国第二王子とカーナリアン王国のマクアリール公爵家ルノア様との間に『運命の番』婚約が結ばれたことで、両国は世界で唯一の『友好国』となった。
さらに、マクアリール公爵家領と、世界最大のタスワンズ湖を結ぶ『不可侵地域条約』まで締結された。
その知らせが世界中を駆け巡ると、それまで前王の不祥事を理由に距離を置いていた国々から、国交の再開や訪問を望む親書が一斉に届き始めたのだ。
ロバート国王は、目の前に積み上げられた親書を静かに見つめていた。
世界二十ヶ国の国王とは、以前の臨時全世界魔法会議ですでに面識がある。
そのとき、ラルフ公爵から言われた言葉を思い出す。
「これから国を支えるなら、できるだけ多くの国王と直接面識を持っておいた方がいい」
当時は、宰相としての助言だと思っていた。
だが、今になって、その言葉の意味がよく分かる。
先王が罪に問われて退陣し、王位継承権を持つラルフ公爵が体調不良を理由に王位を辞退した。
そして、その後をロバートが継いだ。
さらに今、竜皇国との唯一の友好関係が成立した。
一方、娘であるルノア様が『竜神の愛し子様』であるという事実は、魔法契約書によって厳重に秘匿されている。
世界各国が知っているのは、あくまで竜皇国第二王子との婚約と、それに伴って両国が友好関係を結んだという事実だけだ。
だからこそ、ロバートは届いた親書を慎重に読み進めていく。
我が国と対等な立場で向き合える国か。
それとも、こちらにとって有利な条件を提示し、誠実な関係を築こうとしている国か……
竜皇国との関係だけを利用しようとしているのではないか。
タスワンズ湖や、竜の素材を狙っているのではないか。
あるいは、過去の非礼をなかったことにして、利益だけを求めているのではないか。
一つ一つ、見極める必要がある。ロバートはふと苦笑した。
「……やはり、ラルフ公爵は凄いな……」
やがてロバートは、最後の親書を閉じる。
そして国王として、冷静に判断を下していく。
各国から届く書簡への対応、外交使節への返答、
そして今後の国交についての判断と、次から次へと案件が持ち込まれた。
王宮の文官たちは休む暇もない。
それにもかかわらず、王族たちの様子は驚くほど落ち着いていた。
ロバート国王は、届けられた報告書に目を通しながら淡々と指示を出していく。
「この件は予定どおりに進めよ。こちらの要求については、急いで返答する必要はない」
ハルド王太子もまた、山のように積まれた書類を前にして眉一つ動かさない。
マクド宰相に至っては、各国から届いた申し入れをすでにいくつかの分類に分けていた。
彼らは、何も知らずにこの事態を迎えたわけではない。
いつか、このような日が来る可能性。
世界各国がどのような反応を示すのか。
そのとき、カーナリアン王国がどう動くべきなのか。
そのための準備は、ずっと前から整えられていた。
「こちらは友好的な申し入れです」
ナイド外相が、一枚の書類を取り上げる。
「そして、こちらは……前王の不祥事を理由に、これまで停止していた国交を再開してやろう、という内容です」
その瞬間、室内の空気がわずかに冷えた。
ナイド外相は書面を最後まで読み終えると、静かに机の端へ置いた。
「こちらの国も、除外しましょう」
「理由は?」
ハルド王太子が尋ねる。
「国交の再開を、対等な交渉ではなく、我が国への恩恵として提示しております」
ナイド外相は淡々と答えた。
「前王の不祥事については、我が国としてすでに必要な責任を果たしております。それを今になって持ち出し、自国の都合で国交再開をちらつかせる国と、急いで関係を結び直す必要はありません」
その声音に迷いはなかった。
ナイド外相は、すぐに次の書類へ手を伸ばす。
「こちらも同様です。条件付き」
一枚。
「こちらは見返りを要求しています」
また一枚。
「こちらは過去の件を盾にしておりますので除外」
そして、次の書類へ目を落とす。
「こちらは……今後の動向を見てからでよいでしょう」
一枚。また一枚。
各国から届いた書簡が、ナイド外相の手によって静かに仕分けられていく。
「……ずいぶんと容赦がないな」
ロバート国王が小さく笑った。
「必要なことをしているだけですよ。皆同じ意見ですよね?」
ナイド外相は涼しい顔で答える。
「我が国は、もう相手の都合に振り回される必要はありません。これからは、我が国にとって必要な相手かどうかを、こちらが判断する番です」
その言葉に、ハルド王太子もマクド宰相も異論を唱えなかった。
むしろ当然だというように、次の案件へと目を向ける。
王城の執務室の外では、いまだに蜂の巣をつついたような騒ぎが続いている。
しかし、その中心にいるカーナリアン王国の中枢だけは、驚くほど静かだった。
すべては、ずっと前から備えていたからだ。
そして彼らは知っている。
この国がこれから迎える変化は、これまでの常識では到底測れないものになる。
だからこそ……。
慌てる必要など、どこにもなかった。




