31 二年会いたくても会えなかった人
執務室に、コンコンとノックの音が響いた。
「どうぞ」
ラルフが声を掛ける。
扉が開き、ルノアが入室した。
そして、入ってすぐに、一人の男性と目が合った。
体格の良い白銀の髪。
頭には竜の角。
そして、こちらを見つめる大きな紫眼。
その姿を見た瞬間、ルノアは、右手の掌を左胸に当て、太腿の近くまで深く腰を下げた。竜皇国の正式な礼だった。
「竜皇国において至高たる高貴なお方に目通りを賜り、誠に光栄に存じます。
カーナリアン王国、マクアリール公爵家長女、ルノアでございます」
ルノアはそのまま、返答を待った。
「頭を上げよ」
静かな声が響く。
ルノアはゆっくりと頭を上げた。
そして、大きな紫眼を見つめる。
――分かる。
目の前にいる、この人が誰なのか。
何度も、何度も、何度も。
リセットを繰り返して、それでも会いたいと願い続けた人。
田中祐希として二年間もの時間を費やしても、一度も会うことができなかった相手。
前世で、新しいWEBゲームの案内画面を見た時のことを思い出す。
画面の右上には、悲しそうな顔をした彼がいた。
『私に早く会いに来て。ずっと待っている』
そんな文章は、一行たりとも表示されていなかった。
ただ、彼の表情を見た瞬間、なぜかそう言われたような気がした。
まるで、本当に自分を待っているように見えたのだ。
だから私は、勝手に決めた。
この人が、自分の運命の相手なのだと。
それから、ひたすらゲームにのめり込んだ。
会いたかった。
どうしても会いたかった。
けれど、攻略したくない相手まで攻略しなければ、必要な情報を手に入れることができなかった。
課金することもできない。
時間だけが、ただ過ぎていった。
そして、最後に残された手掛かり。
攻略情報の書き込みには、こうあった。
――悪役令嬢ルノアが参加する夜会に、彼が現れる。
けれど、ルノアに近づきすぎれば断罪の時期が早まり、魔界の森ENDへ進んでしまう。
反対に、遅すぎれば運命の相手候補たちがルノアの断罪を始めてしまう。
実際に、彼と出会えたプレイヤーは少なかった。
それでも、書き込みにはこう記されていた。
会う時期と、声を掛けるタイミング。
その二つさえ揃えば、会える。
何度も試した。
何度もリセットした。
それでも、私は最後まで彼に会うことができなかった。
――なのに。
今、その会いたくて仕方がなかった人が、目の前にいる。
実物の彼が、確かにここにいる。
そう理解した瞬間、ルノアの瞳から涙が零れた。
一度流れ始めた涙は、止まらなかった。
会いたかった。
ずっと、会いたかった。
前世では、どれだけ願っても届かなかった。
それなのに今、自分はこの人の目の前にいる。
ルノアは、胸の奥から込み上げてくる感情を抑えることができなかった。
そして心の中で、ただ一人の存在に深く感謝した。
――私を、この世界へ転生させてくれた誰かへ。
ようやく、会えました。
ずっと会いたかった人に。
ルノアは涙を流しながら、目の前の紫眼を見つめ続けていた。




