308 タスワンズ湖の新年の祝い
ギルド長に見送られ、ギルドをあとにしたふたりは、街の中央広場へと足を向けた。
そこでは、お祭りを楽しむ領民たちの歓声のなか、木製の舞台の上にラルフが堂々とした佇まいで立っていた。
クロリナラドとルノアが近づくと、ラルフは厳格な顔を一瞬でとろけさせ、愛おしい娘を招くように両手を広げて迎える。
「クロー、ルノア。さあ、皆が待っている。私の隣へ上がりなさい」
促されるまま、ルノアはクロリナラドの手を借りて小さな階段を昇り、ラルフの隣へと並び立った。
白銀の髪を揺らし、ルノアが姿を見せただけで、広場に集まった領民やきらきらと舞う精霊様や妖精様たちが姿を現した。あたたかな拍手が沸き起こる。
ラルフは魔力で声を拡声させ、広場全体へと響かせた。
「タスワンズ湖に集う我が領民たちよ、そして愛しき精霊様、妖精様! 新年を祝うこの良き日に、我が最愛の娘ルノアと、その婚約者であり我が義理の息子となったクローの並び立つ姿をここに披露しよう!」
ラルフの力強くも温かい紹介の言葉に合わせ、まずはクロリナラドが一歩前に進み出る。
「私は竜皇国の第二王子だが、今は名前を公表していないんだ。すまないが、皆には親しみを込めて『クロー』と呼んでほしい。
お義父上から大切なルノアを任された身として、私はこれからもマクアリール公爵領と、タスワンズ湖を愛する領民の皆、そしてルノアと共に歩んでいく。
竜皇国から派遣された騎士団も、どうか同じ仲間として迎え入れてほしい。よろしく頼む!」
クロリナラドが爽やかな笑顔を向けた瞬間、会場からは割れんばかりの歓声が沸き起こった。
続いて、ルノアがそっと一歩前へと歩み出る。
家族の一員として、集まった人々や精霊様、妖精様の姿をまっすぐに見据えた。
「こうして皆様にご挨拶するのは初めてですので、とても緊張しています。ルノアと申します。
お父様やクロー様と共に、皆様が健やかに暮らせるよう、私の持てる力を尽くしてまいります。どうぞ、よろしくお願いいたします」
はにかみながらも芯の通った澄んだ声で挨拶をし、深々とお辞儀をするルノア。
その愛らしくも気品ある姿に、領民たちは「おめでとうございます!」「可愛いお嬢さんだ!」と、割れんばかりの広場を埋め尽くす歓声が最高潮に達したところで、三人は笑顔のまま舞台からゆっくりと降り立った。
緊張の糸がほどけ、心からの安堵に包まれたルノアの鼻腔を、ふわりとたまらなく食欲をそそる香ばしい匂いがかすめた。
視線を向けた先では、湯気を上げる鉄板を囲んで、タスワンズ湖でしか味わえない「魔豚のオヤキ」を焼く屋台が賑わいを見せている。
「お父様、クロー様……あちらの屋台から、すごく良い匂いがしますわ」
「おや、ちょうどいい。せっかくだ、家族揃って名物のオヤキをごちそうになるとしようか」
三人が屋台の前に歩み寄ると、店主は一目で彼らと気づいて満面の笑みを浮かべた。
「おめでとうございます、お嬢様! クロー様!旦那様も! 今日のオヤキは、祝いの特別仕込みで最高に美味く焼き上がってますよ!」
手渡された包みを開けると、こんがりと焼けた香ばしい皮の中から、じゅわっとジューシーな肉汁を蓄えた魔豚の餡があふれ出す。ほんのりと甘みのある熱々のオヤキを、ルノアは「ふうふう」と息を吹きかけながら一口かじった。
「ん……っ、すごく美味しいです!」
あまりの美味しさに、ルノアはパッと笑顔を見せる。
ラルフもクローも目を細めて顔を見合わせ、穏やかな笑い声を響かせるのだった。
今日はマクアリール公爵家騎士団の警護の実地訓練で休憩に入った竜皇国の王子たち……フォル、ジュスト、サンセールの三兄弟は、初めての街での立ち食いに緊張していた。
「学園で旅行先で食べたこの魔豚のオヤキの話を聞いてから、ずっと食べてみたかったんだ」
サンセールが嬉しそうに呟く。
「タスワンズ湖限定のシオダイフクやミタラシダイフクまで買えるなんて……良い日だな……。魔木討伐の給金が出ていて本当に良かった。」ジュストも甘いものが苦手だがこの二つは好きだった。
フォルもおやきを口に運ぶ。「おお、これは美味いな。まさか私が手掴みで食べているとは……。父上たちにも送りたいが、私の移転魔法がまだ安定しない。教本通り荷物からと読んだのだが、頭が硬いのだろうか……」
フォルが真面目な顔で弟たちを見つめた。
ジュストが「まず基本から徹底的にやり直そう。私たちは遊んでいた時間が響いている。詰め込んで学院には合格できたが、細部に欠けがあるんだ。兄上、サンセール、卒論を書きながら復習も忘れずにやっていこう。午前の訓練以外は自分たちの時間になる、計画的にやっていこうな!」
「「了解!」」
力強くうなずき、急いで口に放りこんだ。




