306 婚約のお祝いが届く
世界中からマクアリール公爵家に、次々と婚約の祝い品が届けられた。
しかし、見覚えのない送り主からの、黒や紫色といった禍々しい魔法色を帯びた贈り物は、すべて即座に呪詛返しとともに強制返送された。
中には、気が早い事業の提携書や、公爵家が有する商会の誘致の書状までマクアリール公爵家は一気に忙しくなった。
この先さらに事態が過熱することを見越して、手伝いに駆けつけていたクロリナラドと、サラたち総出でそれらの仕訳に追われていた。
届けられた品の中には、竜皇国から、明らかに悪意が込められた呪いの品が入っており、とりわけ女性からの贈り物が大半を占めていた。
そんな有様を前に、みるみる不機嫌に眉をひそめていくルノアを見て、クロリナラドは嬉しそうに目を細めた。
「嫉妬してくれるのかい? そんなノアがとても可愛らしいと言ったら、また怒られてしまうかな?」
「ええ。これほど多くの女性から慕われていらっしゃるのですもの。なぜ私宛てにまで不敬な手紙が届くのですか?
『悪意返し』が激しく反応して返してますが……相手の方は無事なのでしょうか?心配ですが……福ちゃん、どうしましょう。
私のこの行き場のない気持ちを魔力でどこかで発散させたいです。タスワンズ湖へ行って、全力解放してきてもいいですか?」
ルノアの切実な怒りに、福がフフフーと声を立てて笑いながら答えた。
精霊王様がね、「森の魔木がまたすごく元気になってきたから、『魔力刀』を作って切ってほしい」って言っているよ。
クロリナラドが、すかさず言葉を添える。
「必要数は百振だと聞いている。魔術学院の教本に倣って、予習と復習を兼ねて作るかい? 完成した刀は、竜皇国から派遣される警護たちに貸し出される予定らしい」
ルノアは深く息を吐き、決意を秘めた瞳でうなずいた。
「分かりました。まずは急ぎの分として、いつものやり方で百振を先に作りますね。そのあと、教本通りに二本だけ、ラド様と私のお揃いを作ります。そうすれば、私の魔力も落ち着くはずですわ……。ラド様、飴をくださいませ!」
不機嫌さを隠しきれない愛らしい要求に、クロリナラドは微笑みながら、特製の手作り黄桃飴をそっと彼女の口元へと運んだ。
甘酸っぱい果実の味が広がり、ルノアの硬い表情がようやく少しだけ和らいだ。
「ありがとうございます。では、魔木の魔力を吸いながら、一振りで気持ちよく切れる魔力刀を。マクアリール公爵家騎士団への自動返還機能付きで百振。通し番号を付けて!」
ルノアの声に応じるように、一気に空中で鍛え上げられた刀が、次々と宙へ浮き上がっていく。その白刃には、マクアリール公爵家の家紋と通し番号が、一振一振へとはっきりと刻まれていった。
息をつく間もなく、今度はお揃いとなる二振の錬成へと移る。
流動する魔力を、錬金術の等式に従って「金属の性質」へと置換していく。
無形のエネルギーが結晶化し、切っ先から柄へと順に実体化を始めた。
やがて、教本通りの正確な質量と硬度を持った、純粋な魔力の刃がそこへ固定される。
最後に、ルノアは願いを込めて紡ぐ。
「魔木と魔獣が苦しまず、一振りで天に還れるように。……それから、婚約発表の日付と、二人の名前を刻んで」
強い光のなかで、一つの魔力の塊がふたつに分かれた。白銀に輝く刀身へ、濃紫色の文字が鮮やかに刻まれ、美しい二振の魔刀が出来上がる。
クロリナラドはその二振をそっと手に取った。
「また……ノアの凄さがわかる出来栄えだな。あぁ、実に見事だ。手に馴染む。刃の側にも、切る際を補助する術式を入れたのかい?」
「はい。前回、かなりの本数を切り伏せたとヴァリー伯父様から伺っていましたので……。それに、今のタスワンズ湖周辺は精霊様や妖精様がまた密集していますから、近いうちにふたりで再び浄化を行う必要がありそうですね。
アーシャ愛幸国の動向が竜神様のお告げ通りであったなら、そろそろ……その時が訪れます。やはり、胸が痛みます」
ルノアの浮かべた陰りのある表情を案じ、クロリナラドが優しく声をかけた。
「大丈夫かい、ノア」
「はい。それが最後の選択になるとあらかじめ告げられていても、やはり人族は過ちに気付けないものなのでしょうか。そう思うと、心が塞ぎます。ただただ、悲しいですね」
「そうだね……。過ちを繰り返してしまう人族の有り様には、私も時折ひどく虚しくなるよ。竜神様の教えをただ守ればよいだけのことなのに……。何のために私は伝え続けているのだろうと、同じ問いを繰り返してしまうことすらある。
けれど、彼らがより良い道を選べるように、私たちは根気強く言葉を尽くしていこう。
では、まずこの百振を騎士団に届けてくるよ。
フォルとジュストとサンセールの三兄弟も、すでに冒険者ギルドと商業ギルドへの登録を済ませたそうだ。
今回の魔木討伐はマクアリール公爵家から冒険者ギルドを通じて正式に依頼が発注され、あの三人も参加させると聞いているよ。
それと、ルノアもこの機会に冒険者と商業ギルドの登録を済ませようか?
お義父上が、ギルド長をこちらに呼び出せるよう手配しておくと言っていたのだけれど……」
「私も、直接ギルドに行った方が良くないですか?
ラド様と一緒に街を散策するのも、今はまだ駄目ですかね……?」
尋ねるルノアに、クロリナラドの顔がぱっと輝いた。
「……一緒に行ってくれるのかい!? では、まずはお義父上に許可を取らねば! すぐ戻るから、待っていてね!」
これ以上ないほどの極上の笑顔を浮かべ、クロリナラドはそのままお父様の執務室へと転移していった。




