300 竜皇国からリオンブラン王国への親書
竜皇国の国王リアムから、リオンブラン王国の国王レオンへと宛てられた親書には、さらりとした恐るべき提案が綴られていた。
執務室で、その書状を広げたレオン国王と、その隣に立つ王太子のジュニアの顔は、読み進めるごとに引きつっていった。
書状に記されていた内容は、こうだ。
『我が孫が、ついに運命の番の記憶を思い出した。
本人にはよく言い聞かせたが、ルル王女と同じ国にさえいれば、その精神は安定している。
ルル王女自身の承諾なしに、強制的な番の契約を結ぶような真似は絶対にさせぬゆえ、そこは安心してほしい』
そこまでは、親としての配慮が窺える内容だった。
続く記述は、魔術学院へ入学するサンセールについての通達である。
『なお、サンセールに付いている護衛については、すでにヨーリアン帝国の許可を取り付けてある。サンセールに付ける隠密も、リキでかまわん。ロアとライの訓練も継続させてくれ。そろそろジュニアも腕がなってる頃だろ?帝王にも伝えてあるから遠慮なくジュニアも参加して鍛えてくれ。
ただし、忘れてはいないと思うが、学院内は魔導具の持ち込みが一切厳禁だ。
見つかれば即座に連座退学となるゆえ、学院の規則だけは徹底して遵守させよ』
ここまではまだ、業務的な連絡の範疇といえた。
しかし、書状の最後に綴られていた一節が、レオンとジュニアの思考を完全に停止させた。
『我が国は、あのタスワンズ湖を中心としたマクアリール公爵領全域を絶対不可侵地域とし、カーナリアン王国と初めて『友好国』として盟約を交わした。
もし必要であれば、今でも、ルル姫が十六歳になり、婿入りの戦いを経てサンセールが運命の番の契約を結んだ暁には、リオンブラン王国も我が国の友好国として迎え入れても構わんが、どうする?』
「えええええ……ッ!?」
レオンは思わず、国王としての威厳をかなぐり捨てて素っ頓狂な声を上げた。
隣のジュニアもまた、信じられないものを見る目で書状を凝視し、口を大きく開けて硬直している。
「ち、父上、これは……! 竜皇国が我が国を『友好国』に、ですか!? 我々獣人は、大陸全体で見れば未だに地位が低く、蔑まれることも多い種族だというのに……本当に大丈夫なのですか!?」
ジュニアが混乱の極みといった様子で頭を抱える。
獣人の地位が低いこの世界において、世界の頂点に君臨する竜皇国と対等に近い友好国となるなど、本来であれば天地がひっくり返っても有り得ない破格の提案だった。
竜神様の愛し子のルノア様の生家を守ることも、精霊王様の大樹も、タスワンズ湖に竜皇国の先王夫妻も静養中で守ることも、どれほど胃を痛めて手に入れた地位かを思えば、あまりにも軽すぎる誘いである。
「落ち着け、ジュニア。リアムの奴、相変わらずとんでもないことをさらりと書いてくるな……。だが、ルルは幼く、先のことはまだ何も分からんのだぞ」
レオンは震える手でこめかみを押さえ、必死に冷静さを取り戻そうとした。
ここで下手に飛びつけば、竜皇国の巨大な渦に国ごと巻き込まれかねない。
何より、愛娘の将来を政治の道具として即決することなど、親としてできるはずがなかった。
結局、レオンが悩みに悩んだ末に返した親書の内容は、多分に困惑を含んだものとなった。
『ルルはまだ幼く、未来のことは誰にも分からない。ゆえに、その提案については、今はまだ検討中とさせてくれ』
国を揺るがす大提案に対して、あまりにも「軽く、濁した」返答。
だが、その返書を受け取った竜皇国の王リアムは、怒るどころか、リオンブラン王国の玉座の間まで聞こえてきそうなほどの、愉快きわまる笑い声をあげるのだった。
「ふっ、ははは……! 『検討中』か。あの不真面目レオンめ、よほど肝を冷やしたと見える。まあよい、じっくりと悩むがいい」
絶対者の余裕に満ちたリアムの笑みは、獣人の地位など、差別などという世界の常識すら、竜皇国の前には一顧の価値もない瑣末な問題に過ぎないことを物語っていた。




