284 ヨーリアン帝国魔術学院 魔導選抜試験 1
今日は、ヨーリアン帝国魔術学院が主催する「魔導選抜試験」だ。
事前に行われた「魔導適性考査」を突破した者、あるいは各国の魔術学園から卒業資格を持ち推薦された者のみが受けることを許される。
会場には、他国からやってきた身分の高い貴族から、自らの腕一つで這い上がってきた平民まで、多種多様な種族の受験生がひしめき合っている。
ヨーリアン帝国魔術学院の試験会場は、熱気と独特の緊張感に包まれていた。
午前中はまず魔導学力試験が行われる。兄二人は特級クラスの会場へと向かい、ただ一人下級クラスとなったサンセールは、別の会場へ向かって歩いていた。
その道中、廊下の一角から罵声が聞こえてくる。
視線を向けると、立派な尻尾を持つ獣人の受験生が、身なりの良い貴族の一団に囲まれ、理不尽に絡まれているところだった。
サンセールが静かに状況を見極めようとしたその瞬間、鋭く洗練された声が響く。
「試験前の貴重な時間に、随分と無作法な真似をなさる」
割り込んだのは、見事な身のこなしの男だった。
サンセールはまだ知らない王族教育者兼護衛を務めるダルトである。
ダルトは貴族たちの前に立ちはだかり、冷徹な威圧感でその場を瞬時に制圧した。
サンセールも足音を立てずに獣人の横へと歩み寄り、静かに言葉を添えた。
「その通りだ。最悪の場合、即座に失格処分となるのがこの学院の規則のはず。これまでの努力を無駄になさるおつもりですか?」
落ち着き払ったサンセールの声と、一切の隙がないダルトの構え。予期せぬ二人の介入に、貴族たちは完全に気圧され、言葉を失った。
自然と知り合いになるという指令を、すんなりとこなしたダルト。
彼はそれ以上あえて距離を詰めようとはせず、サンセールへ静かに目礼を交わすと、そのまま下級クラスの試験会場へと足を進めていった。
その無駄のない、あまりにも隙のない洗練された姿にサンセールは強い興味を抱く。
一般の受験生とは明らかに一線を画す「鍛え上げられた者の気配」が隠しきれずに漂っていた。
お互いに深くは詮索しない。それが、この場における暗黙の鉄則だと分かった上での、ダルトの知的な試みだった。
フォルとジュストも特級クラスの試験会場に到着し少し離れた其々の席に座った。
ジュストが問題集を開き、目の前の魔導数式の構築にのみ没頭していた。
自然と知り合う指令のジュスト担当の教育者バルトが声をかけた。
「その第4項の数式、展開の効率が落ちていますよ。中央の術式を反転させた方が、魔力の収束が改善されます」
唐突で、しかし極めて的確な指摘に、ジュストは弾かれたように頭をあげた。そこに立っていたのは、面識のない隙のない佇まいをした男だった。
普通であれば、試験前に他人の勉強へ口を挟めば、相手が不快に思うかもしれないと配慮するものだ。
しかし、その男の瞳には悪気も敵意もなく、ただ「非効率な数式を修正したい」という論理的関心だけが浮かんでいた。
ジュストは不快感を抱くどころか、その指摘の正確さに即座に納得し、口元をわずかに緩めた。
「……なるほど。確かにその方が、術式の魔力の無駄が省けるな。いい着眼点だな」
「いえ、ただ、不完全な数式を完全なものへと修正することが性分なものでして……」
二人はそれ以上、無駄な世間話や感情の探り合いをいっさい挟まなかった。
試験開始を告げる重々しい鐘の音が、広大な会場に響き渡った。
「これより、魔導学力試験を開始する。解答を始めよ!」
試験官の声と同時に、一斉に用紙をめくる音が波のように広がった。
午前の試験が終わり、昼食後、午後の実戦で使う魔法陣の戦術について、少し疑問が出たためフォルは一人学院の図書室を訪れた。
閲覧席は受験生で埋まっていたが、奥の一角だけは、空白があり誰も寄りつかない席があった。
フォルは迷わず、その席へと腰を下ろした。
互いに目を合わせることはなかったが、至近距離に並んだ瞬間、フォルは瞬時に悟った。
常人ならざる膨大な魔力を極限まで隠蔽している。
そして、その隠しきれない力の余波が、結界を張り巡らせていたのだ。
だからこそ、実戦試験の前に余計な魔力を使いたくない他の受験生たちは、近づかなかったのである。
フォルは手元の書物に目を落としたまま、他人に聞こえないほどの低い声で静かに口を開いた。
「……失礼だが、君は竜人か?」
ギルトは一瞬だけ眉を動かしたが
「これは驚きました。完全に気配を断っていたつもりでしたが、まさか見破られるとは……」
フォルは本をめくりながら、その横顔へさらに問いを重ねる。
「その無駄のない佇まい、どう見ても表舞台の人間ではない。なぜ学院に?」
ギルトは静かに息を吐くと、主への忠誠を秘めた瞳で応じた。
「どうしても、お仕えしたい御方がおいでになりましてね。正式に召し抱えられるためには、この学院の卒院資格が、必要なのです。これがないと、地位に就くことは叶いません」
「なるほどな……」フォルは大人の余裕を含んだ笑みを浮かべ、それ以上の詮索をやめた。
まだその「仕えたい主」が自分であることには気づかぬまま、フォルは目の前の男の不敵な実力を、心地よく認めた。
王族教育者兼護衛として、三兄弟の第一段階の接触は無事に終わった。




