278 サンセール 残りの魔法陣
合格発表の翌日、サンセールは日の出とともに公爵家の訓練場に立っていた。
本試験までに、兄たちと同じく「五十」の魔法陣を完璧にする。それが騎士団長との約束である。
「本当に俺はやれるのか……」
サンセールは、静かに目を閉じた。
「嫌な雑念にとらわれたら、一番得意な魔法陣を、丁寧な呼吸と体内に魔力を循環させることだけに集中しろ」
騎士団長の言葉を思い出し、深く息を吸い、吐き出す。肩から余分な力が抜けていくのが分かった。
まずは魔法陣の一つを展開する。完璧に身につけた型だ。光る輪が、彼の周りで一分の隙もなく、美しく連動した。
「やれる!……よし。まず十六個目」
サンセールは昨晩覚えた魔法陣に集中してさらに精度を高め、まだ体に馴染んでいない新しい術式を脳裏に描いた。
実戦での短縮魔法陣は時間の節約となり、必ず必要になる。
「上へいくほど相手の手数も増える」
と言われたことを思い出し、サンセールはかねてより考えていた戦術を試していく。
「はじめから、手の内をすべて見せるな」
団長の凄みのある声が耳の奥で蘇る。サンセールは、新しく覚える魔法陣を
「短縮魔法陣」として先に構築しながら、基本の型を頭に叩き込んでいった。
そして、すべてを「裏」に隠せる短縮魔法陣として、最初から体に染み込ませていったのだ。
わずか数秒の判断が勝敗を分けることは、旗取りの実戦でいつも痛感していた。本当の戦いでは、それが命に直結する場合もある。生き残ってこそ勝ちなのだ。
一緒に戦う仲間を守るため、そして多角的に立ち回るためにも、自分自身の守りは常に発動させておく。無駄は徹底的に排除する。何をどう発動させるか考える時間すら惜しいと思ったからだ。
自分なりの戦術と使う頻度を考慮しながら、頭の中で数多くの戦法を巡らせ、緻密な練り上げを始めた。
攻撃と同時に守りを固め、攻撃の後にさらなる追撃の一手を隠す。攻撃が終わったと思った相手の、無防備な足元を狙う。
全方位に自分の目があるかのように……。基本の型を完璧にこなすからこそ、そこからの多様な変化が生きてくるのだ。
「ドォン!!!」
不意に、訓練場の壁に激しい火花が散った。フォルとジュストの二人は、すでに学院が求める最高数である「五十」の魔法陣を使いこなし、さらなる加点を目指して新たな魔法陣の習得に励んでいた。
卒院時に必要な魔法陣は「百」だ。
兄たちはそこを目指すと決めていた。
すでに泥臭い実戦訓練に入っている。最少の手数で、確実に相手を仕留めるための、息の詰まるような応酬が繰り起こされていた。
「兄上たちに、感情を向けるな。無駄な時間はない」
サンセールは、あえて兄たちの圧倒的な輝きから目を背けた。
できないことは恥ではない。今はただ、時間が足りないだけだ。自分にできる全力を、目の前の魔法陣に捧げる。滴る汗が地面を濡らす。
何度も何度も、新しい魔法陣を展開しては崩し、体にその感覚を落とし込んでいく。
「サンセール、戦い方を単調にするな! 己の限界を決めるな! 繰り返せ! 五十の魔法陣だけだ! 学力試験を優先させろ! まず合格なんだ! いいな! 焦るな!」
見守る騎士団長の叱咤が響く。ヨーリアン帝国の本試験、そしてその先に待つであろう、すべてをかけた勝負の舞台。
そこで勝ち残る本物の勝者となるために、サンセールは静かに、しかし激しく己を鍛え上げていくのであった。




