274 リオンブラン王国ルル 魔術学園卒園 2
暫くしてからクラス担任が入室し、皆が席についた。
教壇に立った担任は、改めてルルの満点での飛び級卒園、そしてアキとサキの二人も同じく飛び級卒園であること、さらに三人が大陸最高峰たるヨーリアン帝国の魔術学院の留学試験に見事合格したことを告げた。
「この後、大講堂にて卒園式を執り行います」
担任の言葉に、教室内には歓声と拍手が沸き起こる。しかし、その歓声を無視するように斑豹族のゲパール公爵家令嬢、マアサが挙手をした。
「あの……先ほどから酷い気持ちの悪い臭いがルル姫様からするのですが……清潔にされているのです? 気持ちが悪いですわ。
浄化の魔法も使えないのでしょうか? それでも満点卒園だなんて。
誘拐された事実を沈静化させ、逃げるための口実としての卒園では? 気分が悪いので、早退させていただいても宜しいでしょうか?」
続いて、犀族のリノセロス侯爵家令嬢、リラも勝ち誇ったように挙手した。
「本当に、これほど気持ちの悪い臭いでよく皆様平気でいられますわね……信じられません。
ルル姫様、清潔にしてくださいませ。消臭魔法も使えないなんて、王族の方がこのような悪臭を放っていること自体が我が国の恥です。頭痛がいたしますので……私も帰ります」
静まり返る教室のなか、ルルの手首でネネが小さく呟いた。
「あぁ……良かった。手間が省けた」その呟きは、これより始まる不敬の輩への破滅の合図であった。
二人の言葉を聞いたクラス担任は、驚きと呆れの混ざった冷ややかな顔をして、静かに話し始めた。
「マアサさん、リラさん。大変残念なのですが、その不快な臭いとやらを感知しているのは、教室中であなた方お二人しかおりません」担任の毅然とした指摘に、二人の令嬢が息を呑む。
「ルル姫様は、すでに学園の全課程を修了し、卒園されているのです。満点での卒園は学園創立以来初めての快挙であり、本日は学園側がお願いして卒園式を執り行う運びとなりました。
すなわちルル様は本日、王族として学園に『公式訪問』の公務としてお越しいただいているのです。
この件は各家にも正式に通知されておりましたが……ご両親様からは何もお話を聞いていなかったのですか?」
担任は一歩前に進み、容赦のない事実を突きつけた。「もし少しでもまともな知性があり、親から話を聞いていれば、王族に対してこれほどの暴言を吐くはずがありませんね。
公式訪問中の王族への侮辱および暴言は、我が国の法においても断じて容認できません」
教室内が凍りつく。担任の追撃は止まらない。
「さらに、事実無根の誘拐の憶測を口にし、他者が魔法を使えない、悪臭がするなどと、言葉で傷つけるということは……その報いを己の身で受けるということです。
学園の厳正な採点に対する不敬な物言いも看過できません。
あなた方の犯した罪を、ご家族と王宮には正しくお知らせいたします」
その言葉が終わるや否や、教室の扉が勢いよく開いた。女性近衛騎士たちが迷うことなく入室した。
愕然として顔を真っ白にしているマアサとリラの二人の両脇を容赦なく押さえ、退室させていった。
それは、国王様の生誕祭の夜会の時と同様に王族の全員が身にまとっていた、特別な布にあった。
そのリボンはマクアリール公爵領にて仕立てられたものだった。
東大陸のタハナヤ森林国で紡がれた「真意の布」とその刺繍糸だった。
布には贅沢に刺繍施されていたのは護りとなる魔法陣。
そしてルノアとルルと福様の名前が飾り文字で竜皇国語で綴られていた。
これは、ルノア様と福様とお揃いで作成した、特別な防衛のリボンであった。
リボンには、マクアリール公爵領の聖域に集う妖精様と精霊様たちの加護が自然と付帯されていた。
街中でルルをたすけた妖精様がいつも側にいた。
そして「邪気を祓う布」とも言われていた。この布から放たれる匂いは、心にやましいところがなく、純粋な者にとっては
「ほんのりと甘く、心が落ち着く清らかな香り」にしか感じられない。
しかし、ひとたび心に悪意を抱く者、他者への攻撃心を持つ者、あるいは不浄な邪気を纏う者がこの匂いを嗅ぐと、その悪意に魔術が過剰に反応し、
「息苦しく、胸が圧迫されるような、身の毛もよだつ強烈な悪臭」へと変貌して知覚されるのであった。
ルルは頭のリボンに触れながら、事前にルノアから受けていた助言を静かに思い出していた。
『ルル、悪意や攻撃心を持つ方には、その匂いは耐え難いほどの強烈な悪臭となり、息苦しさを与えます。
ですから、相手の失言から勝手に自滅していく様を、こちらからは何もせずにただ静観してみるのも良いかもしれません。
相手の礼儀作法を黙って見守るだけで、悪意への処罰は自然と下されるのですから……』
マアサとリラの二人が勝手に悪臭を感じ、己の不敬な失言によって近衛騎士に連行されていったのは、まさにルノアの言葉通りの結末であった。




