272 サンセールの決意
竜皇国の第一王子フォルと第二王子ジュストは、必死にリオンブラン王国について調べている第三王子サンセールの姿に気がついた。
「サンセール、お前……」
声をかけようとした二人の兄の姿を見て、サンセールは息を呑んだ。
フォルとジュストの全身に、見えない強力な魔術の呪縛が巻き付いていたからである。
それだけではない。サンセール自身も魔力の巡りを精緻に統御できるようになった今、ようやく自覚した。
自分たち三兄弟は全員、特定の事実を口にできないよう、何者かの高度な禁忌魔術によって縛られていたのだ。
以前の、自分たちならば、この呪縛に激高していただろう。だが、今の三人は違った。
「落ち着け。声を荒らげるな……自分たちでどうにかするぞ」
次男のジュストを中心に、三人は冷静に言葉を交わし、現状の打開策を話し合った。
サンセールが魔術統御の知識を共有し、三人で魔力を同調させ、慎重に紐解いていく。
そして、長い時間をかけた緻密な逆算の末、ついに全員の呪縛を解呪することに成功した。
「すまなかった。サンセール。あの時俺たちがお前をもっとしっかり止められていれば……手を差し伸べることもできなかった。」
「いや、悪いのは私です。私の不敬が招いた報いだったのですから……」
呪縛が解けた瞬間、兄弟はお互いの非を認め、深く詫び合った。
フォルとジュストは、記憶を取り戻し猛省するサンセールを見つめながら、胸を締め付けられるような苦しみを吐露した。
二人の兄もまた、もしかしたら自分だったかもしれないと……。話をする気持ちにもなれなかったのだ。
「話せない、番を思い出せない。『番の祝福』も家族からも国からのお祝いもない。それが、俺たちの立場なんだと、受け止めるしかなかった。サンセールがずっと思い出さなかったらと思うと恐ろしかった。見てることも辛かったし苦しかった。」ジュストが言った。
兄たちの告白に、サンセールは厳粛な気持ちで頷いた。
彼らが調べて分かったリオンブラン王国のシルバーライオンが率いる獅子族の生態は、あまりにも苛烈であった。
シルバーライオンは一人の番を大事にするが、それ以外の獅子族は成人しても番が判明しない場合が多く、何より「強い者」が伴侶となる掟がある。
仮に伴侶となっても、その相手が別の強者に倒されれば、次に勝った相手と番うのだ。
王族は多夫多妻が許され、戦いの絶えない種族ゆえの強者生存の掟。
そして、後継者さえも戦いによって決定される。
これまで自分たちは、獣人をどこか侮ってきた。
だが、今は完全に認識が覆っている。この公爵領で手合わせした彼らは、ただ頑強なだけではない。
魔力量も多く、多数の魔術を使い、最新の魔道具も駆使する。己の弱さを知恵で補い、緻密に考えて戦う本物の戦士たちだった。
三兄弟とも、その獣人隠密たちに一度たりとも勝つことはできなかった。
ルル姫に会いに行くためには、立ち塞がるシルバーライオンの長男の王太子殿下と父親である国王様に認められるか、戦いで勝たなければならないという慣習も、今やはっきりと理解できた。
(そして、リオンブラン王国は、今の私にはあまりにも遠すぎる……)
サンセールはまだ、空間移転の魔術を基礎から学び始めたばかりの段階だ。
自らの足で東大陸のリオンブラン王国へ転移することすら叶わない。
しかし、そんな彼にフォルが言った。
「来年度からルノア様と共に、ルル姫様も飛び級試験を満点で自国の学園を卒園した。
留学試験も優秀な点数で合格し来年度からヨーリアン帝国の魔術学院で学ぶことが決まっているんだ。
だからサンセール。合格するしかないんだ!」
「ヨーリアン帝国でなら、ルル姫と一緒に学べる。」
その最高学府への留学資格を得るための、帝国の魔導適性考査試験は迫っている。
推薦資格すら得られなかった過去の自分を捨て、この公爵家で必死に蓄えてきた真の実力を発揮しなければ、未来は永劫に閉ざされる。
サンセールは深く息を吐き、昂る感情を圧し沈めて冷静さを取り戻した。
「兄上、必ず合格してみせます。そして、力をつけ、いつか必ずリオンブランの慣習に勝ちルル姫の隣に立ち続けます」
覚醒したサンセールの引き締まった横顔に、フォルとジュストは力強く頷いた。
マクアリール公爵家の夜が明けていった。




