271 双子兄弟とリキの負けの衝撃
マクアリール公爵家の鬱蒼とした木々の影では、リオンブラン王国の双子の兄王子ロア、ライと、王国内最強の武を誇る隠密リキたちが集い、未だ冷めやらぬ衝撃に身を震わせていた。
「……まさか、本国でも一度として敗れたことのなかった我らの陣が……サンセール率いるニ軍に破られるとはな……」ライが自嘲気味に呟き、自らの掌を見つめる。
そこには先ほど、サンセールと力強く交わした握手の熱が確かに残っていた。
いま公爵家の敷地内で行われていた旗取り合戦は、本国における「ルル姫の婿入りの戦い」の最終試験そのものであった。
自国ではルルに婚約の申し込みがあるたびに行われてきた。猛々しい獣人の花婿候補たちがただの一度も突破できなかった、無敗の絶対防衛陣。
それを、かつては傲慢で未熟の極みであったサンセールが、公爵家の「第ニ軍」を見事に手足の如く指揮し、我ら種族の死角を正確に突いてみせたのだ。
「甘い!と叩き込んできた我らの教えを、あやつは完全に己の血肉にしていた。敗因を問うた我に対し、『次に勝てなくなる……』と不敵に言い放ったあの顔。完全に、一人の戦士の目をしておった。」
隣に立つロアも、感嘆の息を吐きながら深く頷く。
「妹のルルの婿入りするなら叩き直すつもりだったが……。途中から全く動きや戦術が変わったな。サンセールは記憶を間違いなく取り戻した。母上も時間の問題とは仰っていたが……どうやら、とんでもない軍師の目覚めに手を貸してしまったらしい。リキ、母上へ魔鳥便を送れ。『ルルの番は、覚醒し戦いの道を選ぶ覚悟を決めたようだ』とな」
彼らが認めた通り、サンセールはただ力任せに戦う「脳筋」ではなくなった。
実戦の理を国々で違う戦術から解き、勝利を冷静に多角から構築できる、多才の軍師へと変貌を遂げていたのである。
かつての傲慢な王子はもういない。自らの罪を知り、唯一無二の番のルル姫のために試練すら冷静に突破したサンセールは、いまやリオンブラン王国の最高戦力をも揺るがす、真の竜人として覚醒を果たしたのだった。
マリア王妃に届けられたマクアリール公爵家での一件を耳にしたレオン国王は、あからさまに不機嫌そうな唸り声を上げた。
「……あの竜皇国の小僧が、ルルを望むんだな……執念を見せたなぁ……」
レオンは目に入れても痛くないほど娘のルルを溺愛している。
ゆえに、かつて娘を侮るような態度を見せたサンセールを未だに快く思っておらず、双子の兄王子たちが影からしごきを与えていると聞いた際も、内心では「もっとやれ!」と応援していたほどであった。
それがいまや、本国無敗を誇る双子の兄王子たちの絶対防衛陣を破り、敗因すらも秘匿にする抜かりない慎重さを身につけた戦士へと覚醒したという。
「ふん……。ルルを娶るなど、百年早い!」レオンはあからさまに不機嫌になった。苦虫を噛み潰したような顔で行き場のない不満を漏らす。
しかし、瞳の奥には、隠しきれない熱い光が灯っていた。
どれほど絶望的な実力差があろうとも諦めず、己の限界以上に這い上がってくる不屈の闘志。それは、獣人特有の「戦いに身を置き、勝利の末にすべてを奪い取る」という、覚悟そのものであった。
娘を誰よりも大切に想うがゆえに悔しさは募るものの、一国の王として、そして父として、若き竜人の覚悟がレオンは少し嬉しかったのだ。
「ロアもライもリキも、随分と甘いな。これでは『婿入りの戦い』の最終試験にならんな。……よし!その小僧が本国へ足を踏み入れたその時は、この私が直々に相手をしてやろう」
不敵な笑みを浮かべるレオンの背後で、マリア王妃は「また困った親馬鹿が始まった」と、呆れたように、しかし愛おしそうに深い溜息を吐くのだった。




