268 フォルの後悔 ジュストの決意
魔道具を用いた語学の習得と、ジュストが作成した過去問対策集は、いつしか三人の王子たちの進むべき未来をも大きく変えていった。
フォルとジュストは、四言語をただ話すだけでなく、国と国との外交交渉や折衝を完璧にこなせる水準にまで到達しようと、寝食を忘れて言葉の修得にのめり込んでいた。
そして、学力試験への対策において、二人はサンセールのことも決して見捨てはしなかった。
「サンセール、この部分の解釈がまだ甘い。過去の記述問題でも試験の傾向から見れば、ここは最も外せない問題だぞ」
二人の兄は、膨大な量の過去の問題を引き出し、その傾向を読み解きながら、つきっきりでサンセールの勉強を手伝った。
何百、何千という問題を共に解き明かしていく。出題される問題の毛色は幅広く、世界中の国々が抱える課題やその対策について、「自分ならどう対処し、いかに解決するのか」を常に問うものが多かった。
三人の王子たちは幼い頃から政務の手伝いをしてはいたが、それまでは「他国ではどうなのか」などと深く考えたことはなかった。
その中で特にフォルは深く後悔していた。自分が今まで関わってきた政務に、真面目に、真摯に向き合ってこなかった自分に……。
なぜもっと興味を持ち、学ばなかったのか。どうせ父の直しが入ると……従者に言われて印を押していただけだったのだ。他国の事案にも関心を寄せて資料を掘り下げていれば、もっとより良い結果を出せたのではないか、と。
「いや……まだ学べる。諦めては終わりだ。諦めなければいいだけだ」
毎日、騎士団の演習で言われ続けているその言葉を胸に、フォルは過去問対策集と向き合った。
三人での濃密な学びの時間の中で、次男のジュストはある一つの明確な事実に気がついた。
(ああ……やはりフォル兄上こそが、次なる王太子にふさわしいお方だったのだな。いや、いつか必ず……成し遂げられるだろう)
長男のフォルは、根が極めて真面目であると同時に、相手の顔色をうかがう臆病な一面を持っていた。
だが、確かな知識の積み重ねと過酷な演習を経て、自分たち三王子の全員が
「古竜種の強大な魔力を蓄える器」を秘めていることが分かった。
それがフォルにとって大きな自信と安心感に繋がり、かつての臆病さは消えつつあった。
何より彼は、他者の感情に誰よりも敏感だった。
臆病だからこそ、「他に方法はないか? これが本当に最善か?」と、より深く解決策を模索する方向へと進化を遂げていたのである。
他者の気持ちを深く理解し、寄り添い、常に冷静であるフォル。彼は最終的に、どんなに気難しく頑なな相手であっても言葉の力で納得させてしまう、類稀なる気質を秘めていたのだった。
翻って、自分はどうか。
ジュストは自嘲気味に息を吐いた。自分は他者の心の機微や、その胸中というものがどうしても理解できないことが多い。
他者との関わり方に、強い苦手意識を抱いていた。
机の上の学問は誰よりもできるし、文字を覚えるのも早い。しかし、それを実戦や外交の場で生かす「応用」が、自分にはまったく効かないのだ。
これでは、上に立つ者にはなれない。だが、不思議とそこに悔しさはなかった。自分はどうあるべきか、その答えはもう出ていた。
(私は、我が国の王座を継ぐフォル兄上を、この知恵をもって全力で支える影となろう)
己の限界と適性を正しく見極めたジュストの胸中に、もう迷いはなかった。
機転は利かずとも、兄の敷いた路を盤石にするための知識なら、いくらでも蓄えられる。
三男のサンセールは、まだ番の存在に気がついていない。だが、何れ、ルル姫のために、リオンブラン王国へ婿入りする決意を固めるだろう。
それぞれが己の過去と向き合い、反省し、そして守るべき未来のために、竜皇国の竜人として学び続ければ良い。
ジュストの心は、前を向いて切り替わっていた。
このように柔軟に心を立て直せるようになったのも、演習の中で皆がかけてくれた言葉があったからだ。
「やれることを、やれる者がやって協力していけばいい。一人でできなくとも知恵を集め、失敗の先で諦めなければ、必ず突破口はある。少し悩んで切り替えろ!時間を有効に使え!諦めるな!」
かつては傲慢であった王子たちが、公爵家の人々の協力と、自らの限界を超える過酷な訓練の戦いから学び、強くなっていく。
その姿には、もう以前のような甘さは一切存在しなかった。
若き彼らは、真の竜人として力強く生まれ変わっていったのである




