266 三王子の執務長ギルト バルト ダルト
クロリナラドがマクアリール公爵家の執務室に入室する許可を取った。
「兄上から、国内の安全が確保されたと連絡がありました。ノアにも話しましたが、竜皇国へ帰ります。
それから三人の王子たちですが、慣習に基づき『執務長』という肩書きの養育、教育者が正式に決定いたしました。
王族であってもその指導や方針に一切の口出しは許されないので、私の臨時教育係としての役目も、これで正式に終了となります」
「執務長としてではなく、学院の友人として側につくとか?」公爵の問いに、ラドは頷く。
「ええ……何人にでもなれる、変化の術に長けた方たちですので……」
「そこにいる三人ですかね?」公爵が窓際を指差した。
すると、気配を消していた三人の影が動き出す。
「えええ……。あの、私達もマクアリール公爵家の騎士団の演習に参加した方が良いですか?はじめまして。先にご挨拶をと……執務長の座を勝ち取りましたナダルノ侯爵家セバスチャンの息子。私、長男のギルト。こちらが次男のバルト、その隣が三男のダルトです。暫くは隠密でつきます。公爵様、以後よろしくお願いいたします」
「隠密の……ああ……お前達だったのか。一時期、かなり荒れていたよな? よろしく頼む。先にノアを紹介しておくな」
クロリナラドはイヤーカフでノアを呼び出した。
しばらくして、ルノアが姿を現す。
「はじめまして。南大陸カーナリアン王国、マクアリール公爵家長女のルノアです。来年度からヨーリアン帝国の魔術学院に入学予定です。よろしくお願いいたします。……あっ、それから竜神様の愛し子です。まだ内緒ですが、ラド様の『番』です」ルノアは照れたように小さく笑った。
その姿に、ラドの目元が瞬時に緩む。「ノア。笑っちゃ駄目。可愛いから。私だけの特権だよ。外でも本当に気をつけてね。お願いだからね」
「ああ……年上の嫉妬は嫌われますから、お気をつけて。いいですね? サバス叔父上にも言われませんでしたか?」三男のダルトが、からかうように尋ねる。
ラドは少し気まずそうに視線を逸らした。
「……言われている。それにしても、お前たちは声まで全員そっくりだな。番の前で格好悪いところを……全く……」
「大丈夫ですよ、ラド様。私はラド様が大好きですから」ルノアが優しく微笑んだ。
「寂しくなりますが……お茶菓子をたくさん作っておきましたから、ぜひお持ちください。次にお会いできるのは二週間後ですね。竜神様とのご面会と、魔石作りの三泊ですね。」
「あぁ……ありがとう。一緒に作った飴だね。実は、スタンピードの予兆が見られる場所が出てきたんだ。今回は竜と一緒に行ってくるよ。またノアにも、私の竜たちを紹介するね。ノアも勉強、頑張って」
ラドは愛おしそうに、ルノアの頭を優しく撫でた。
そんな温かい空気の中、ルノアは窓際の三兄弟に視線を向けた。
その瞳に、わずかな懸念が宿る。「ラド様、一つよろしいですか? 三兄弟の皆様を、少し細かく修復してもよろしいでしょうか。それとも、一度ラド様に診ていただいてからのほうが良いですか?」
「あぁ……たしかに少しまずいな。相当な激戦だったのだな。うわぁ……呪いまで受けているじゃないか。お前たちの戦いは……本当に容赦がないな。……よし、まずは俺も練習の成果を見せないとな」
公爵家での滞在中、クロリナラドは医術を中心に、ルノアと共にサライの講義を受けていた。
ルノアと『腕輪の番の契約』の前には持ち合わせていなかった医術。
万が一、ルノアに何かあった時に決して後悔しないよう、真剣に学んだ。
「浄化、解呪、癒し、修復、魔力回復」ラドが呪文を紡ぐと、三兄弟の頭上から、静かで優しい光の雨が降り注いだ。
しかし、ラドは眉をひそめる。「……まだ足りないな。どう思う、ノア?」
「はい。一度、探索をおかけてもよろしいですか?」三兄弟は「お任せします」と声を揃えた。
「探索!」ルノアの放った癒しの魔力が、三人の体の隅々へと染み込んでいく。魔術の目は、彼らの体内に潜む凄惨な傷を次々と捉えた。至る所にある血の塊、骨のヒビ、折れ、欠け。
ルノアはそれらを丁寧に元の形へと戻していく。
さらに、三兄弟の脳内にある血腫を血管の修復と共に消し去り、かつて作った『元気玉』の要領で、ありとあらゆる病の兆候を根本から消滅させていった。
長男ギルトは右腕から背中と脳内。
次男バルトは左肩と右膝と脳内から目の周囲。
三男ダルトは耳の奥から脳内、そして腹部の損傷が特に激しかった。
それだけではない。悪質な呪いと、薬物の残滓までが、彼らの肉体を蝕んでいたのだ。
「解呪! 呪返し! 解毒! 修復! 癒し! 魔力補充! 身体強化! ……強制睡眠!」
「えっ……」三人が驚きの声を漏らす暇もなく、ルノアは彼らをその場に静かに座らせ、深い眠りへと誘った。
「二日ほど、強制的に眠るようにしました。色々と厄介な呪いを受けていたせいで、満足に寝ることもできていなかったはずです。
修復が遅れて何度も癒しと修復を繰り返した結果、かなり危険な状態になっていました。全て一度解きました。一撃でも攻撃を受けたら、そのまま天に還ってしまう程の状態です。
食事と休息をしっかり今後も取らせないと……福ちゃん、私の今の魔力配分はどうでしたか?」
「うん。すごく良くなった。無駄がないね。どう、サライ?」福ちゃんが満足そうに頷き、傍らに控えるサライへと視線を向けた。
「はい。やはり、以前は探索に力が入りすぎておいででしたが……前と比べれば、かなり良くなりましたね。それに、また魔力量が増えたようです。番が近くにいればいるほど、体内の魔力循環が良くなるのでしょう。互いの距離が重要な鍵なのかもしれません」
サライの分析に、ルノアは自身の体を見つめながら微笑む。
「はい。物凄く体が楽なのです。お互いに魔力を浄化して、手渡し合っているような感覚でしょうか。ラド様も、お体は楽ですか?」問いかけられたラドは、感嘆したように息を吐き、自らの掌を見つめた。
「ノアの方が、私よりもはるかに細かく体内を見渡しているのだな……。魔力が大きすぎるからか、それを細かく制御して小さく扱うことが苦手なのだと、今のでよく分かった。これからも、学んでいかないとな。」
二人は番としての繋がりを、静かに確認しあった。
ルノアが玄関までクロリナラドを送った。
そしてそっと手拭いを手渡した。
「まだまだ縫目が上手く揃わなくて恥ずかしいのですがこれからも練習しますのでもらってくださいませ。」
ラドは縫い目のがたがたな手拭いを見つめ、瞳を歓喜に揺らした。
「あぁ……タハナヤ森林国の布と刺繍糸ではじめて縫ってくれたんだね。ありがとう。
生涯の宝物として毎日胸に仕舞うよ。二週間後に会えるのを楽しみに、仕事を片付けてくるね」
ラドは手拭いを愛おしそうに懐へ収めると、玄関の『移動の魔法陣』へと足を進めた。
陣から放たれた光がその身体を包み込み、次の瞬間、跡形もなく消え去った。
光の粒子が消えゆく玄関で、ルノアは二週間後の再会を想い、そっと微笑むのだった。




