263 合同演習
ラルフが上機嫌で退室した直後、執務室には重苦しい沈黙が降りた。ロバート国王は頭を抱えた。
ラルフの放った圧倒的な最新魔術の前に、王城の結界も隠密も新しい魔術で簡単にねじ伏せられた。
古い技術に胡坐をかいていた代償は、あまりにも重かった。
「マラド。明日向かう古参の者たちの中には引退を決意する者が出るかもしれない。私も本当は体が心配だ。引き際は本人の意思に任すが、隠密昇格予定者も明日以降の合同演習に全員参加させてくれ。隠密になる覚悟があるのか真意を説いた方が、後々の演習のことを考えても我らの優しさだとわかるはずだ」
王家の隠密たちはマクアリール公爵家の演習へと送り込まれた。
翌日早朝。マクアリール公爵家の広大な演習場に、王家の隠密たちの半分が集結した。
整列する彼らの前に、全権を委ねられた騎士が進み出し言った。
「これより合同演習を開始します。昼食まで休憩はございません。我が公爵家騎士団の者が五名、離れた円陣を組んで箱を守っております。
その中心にある箱を円の外へと出せたら一時休憩とします。
皆様は十名一組で協力し、箱の奪取を目指してください。演習中は双方とも一切の手加減なしで攻撃を仕掛けます。首から上の攻撃は避け、致命傷の配慮をお願いします。
互いに倒れた場合は、後方に控える癒し手に
『自動移転』され治療が行われます。互いに新たな人員を補充しながら繰り返します。
質問のある方は挙手を……。無いようですのではじめます。開始!!」
先頭に立つのは、数々の修羅場をくぐり抜けてきた古参の五名の隠密だ。
そしてその後ろには、撒かれた隠密の五名がいた。
「マクアリール公爵家ごときに遅れは取らん。」
絶対の自信を持つ古参の隠密は魔術を展開して姿を消した。
「前回の失態を挽回せねば……。まぁ大丈夫であろう……。皆続け!」
しかし、対峙した公爵家騎士団の騎士たちに一撃で五名が全て倒れ自動移転された。一瞬でその位置を特定されたのだ。
「古いな。魔力の波形が丸見えだ」最新の魔力探知魔術によって、隠密の結界は一撃で粉砕される。
「なぜだ! 我が極めた隠密魔術が、こうも簡単に……」驚愕する古参の隠密たちの前に、容赦のない最新魔術が次々と叩き込まれた。
完膚なきまでに土に顔を埋め続ける隠密たちは、自分たちが時代に取り残されていた現実を骨の髄まで理解した。
「我らは、陛下から全権を委ねられた者だ!」
「弱すぎる!十名でなく全員で来い! 」
「最新を学べ!考えろ!貪欲に強くなれ!」
「この腕前では誰も箱には触れない!」
「裏切れば裏切り者として天に還る!契約書をよく読め!甘いぞ!甘すぎだ!」
「撒かれたと笑う隠密などいらん!」
全ての事情を聞いている
騎士団の騎士の声が演習場に響く。
公爵家の優秀な癒し手によって、どれほどの傷がついても「自動移転、無限に復活」させられた。
一瞬で完全治療されて前線へと引き戻される。
無限に繰り返される復活と敗北。しかしその狂気的な循環の中で、隠密たちの目つきが段々と変わっていった。
彼らは恐怖を捨て、貪欲に新しい技術を吸収し始めたのだ。
「見ろ!新しい魔力の練り方を! なぜこれほど強固なのか考えろ!」
「遅い、遅すぎる! 魔術を発動する前に叩かれているぞ! 」
「我らには、体力も、筋力も、武術も何もかもが足りない!」
「自信がないものは後方で魔弾を常に撃て!魔力切れで天に還ることがない!絶好の機会だ!」
公爵家騎士団からは、矢継ぎ早に問われる。
「弱いなら頭を使え!」
「生きて帰る! 生きて帰って報告を終えて、初めて任務成功だ!」
「最後まで目を離すな! 気を抜くな! 最期の一撃が必ず来ると思って戦え!」
「出来るんだ!出来ないのではない!やらなかっただけだ!必ずできる!」
「思い出せ!命をかけて守りたかったものを!」
「簡単に諦めるな!お前達が諦めたら誰がこのあとを守るんだ!お前達しかいないんだ!」
演習の中で、隠密たちは忘れていた「危機感」「学ぶ喜び」「仲間との連帯」、そして「それぞれの原点」を取り戻していく。
(そうだ……俺たちは王の影、国の盾だ。ここで止まってたまるか……!)
(不審な動きを絶対に逃さない。若い者に負けてたまるか!まだやれる!やりたいんだ!絶対守ると決めたんだ!)
だが、現実は非情だった。結局、昼食の時間まで、隠密たちはただの一度も箱を外へ出せず、騎士団側に負傷者を出すことすら叶わなかった。
演習終了後、古参の隠密は自分たちを叩きのめした騎士に、敬意を込めて声をかけた。
「見事な腕前だった。公爵家騎士団の一番の最精鋭と手合わせができて光栄だ」
騎士は不思議そうに小首を傾げた。
「いえ? 私たちは一軍などではありませんよ。
マクアリール公爵家騎士団の中では、下から数えた方が早い『五軍』の所属です。一応私は隊長ではあります。」
「な……五軍だと……!?」王家の隠密たちは驚愕のあまり言葉を失い、目を見開いて膝をついた。
王家の隠密の自分たちを赤子同然にねじ伏せた者が、
最精鋭どころか下位の部隊に過ぎないという残酷な事実に、全身の血が引いていく。




