24 測定不可能
「…………………………」
「…………………………」
二人とも、完全に絶句していた。
そんな二人を、ルノアが不思議そうに見つめる。
少しだけ左に首を傾けて、俺とラルフを交互に見ていた。
――褒めて。
――褒めてほしい。
そんな無言の圧が、ひしひしと伝わってくる。
ラルフが、ようやく口を開いた。
「凄いな、ルノア……」
そして、すぐに心配そうな顔になる。
「体調はどうだい? 気持ち悪くなったりしていないかい? 頭が痛かったり、ふらふらしたりは?」
「はい、お父様。大丈夫です」
ルノアは素直に答えた。
「全部、魔力を使ったと思うんですが……魔空間のタスワンズ湖から、自分の魔力が水流みたいに体へ流れてきました」
「タスワンズ湖から……?」
「はい。湖が半分くらい減りました」
「…………半分?」
ラルフの声が固まる。
「はい。でも、たくさん魔力が戻ってきたので、体が楽になりました。
やっぱり、魔力を貯めすぎていたみたいです」
俺とラルフは顔を見合わせた。
どう説明すればいいのか分からない。
俺は困惑したまま、ラルフに念話を送った。
『ルノア。多分、ラルフも凄く驚いていると思う。どう伝えたらいいのか……何と言えばいいのかな』
『俺も分からない……』
ラルフが頭を抱えるようにして、ルノアを見る。
『どうしようか。ルノアはどう思う?』
ルノアは二人の困惑した顔を見て、不安そうに尋ねた。
「……えっ?
何か、まずいことがありましたか?」
ラルフは下を向き、顎に手を当てて目を閉じた。
しばらく考えたあと、静かに顔を上げる。
「ルノア。ヴァリー……」
そして、覚悟を決めたように続けた。
「うん。全部、包み隠さず話そう」
「……はい」
「かなり、まずい状態だ」
「だな」
俺も頷いた。
「まず、この糸巻きだ」
俺は、ルノアが作った白銀の糸巻きを見つめた。
「世界中を探しても、こんなに細い魔力糸を作れる人間は、まずいない」
指先で糸巻きを確認しながら続ける。
「この量だって、俺なら細縄にするだけで三年はかかる。
いや……無理だな。
途中で魔力が尽きて死ぬ」
「えっ……」
ルノアが目を丸くする。
「それに、さっき『もっと硬くできる』と言っただろ?」
「はい」
「それも、普通ではあり得ない。
さらに問題なのが付帯効果だ」
俺は三つの魔石を見る。
「五種類の付帯効果なんて、まず存在しない。
普通は一種類。多くても二種類だ」
俺は自分の手を見せた。
「ほら。俺も四つ指輪をつけているだろ?
それぞれ別の効果を持たせている」
「はい」
「それを、ルノアは一つの魔石に全部入れた。
しかも三つ同時に、ほとんど間を置かずに作った」
俺は頭を抱えた。
「『イメージすれば、何でもできる』なんて言っていたが……それができる人間自体、まずいない。
俺だって、無理をすれば四つくらいは付けられるかもしれない。
ただし、そのあとしばらく起き上がれない」
ルノアは、目をぱちぱちさせている。
ラルフが今度は、完成した魔石を手に取った。
「そして、この魔石だ」
じっと見つめる。
「ランクは……測定不能になると思う」
「測定不能?」
「そうだよ」
ラルフは魔石の色、透明度、軽さ、込められた魔力量を一つずつ確認していく。
「色も、魔力量も、軽さも、透明度も……すべてが今の基準から外れすぎている。
今ある魔道具では、正確な数値を出せないだろう」
そして、三つの魔石を並べた。
「それに、同じものを三つ連続で作った。
糸巻きと合わせれば、合計六個だ。
こんなことも、普通はあり得ない」
「…………」
ルノアは、ようやく少しだけ不安そうな顔になった。
ラルフは優しく娘を見る。
「それから、もう一つ。
ルノアは『魔力を全部使った』と言ったね」
「はい」
「普通の人間なら、魔力が完全になくなった時点で命に関わる。
魔力切れは、そのまま命を失うことにつながるからだ」
「……え?」
「それなのにルノアは、魔空間から魔力が水流のように戻ってきたと言った。
そんな現象は、俺も聞いたことがない」
ラルフが俺を見る。
「ヴァリー。できるか?」
「……ああ」
俺は少し考え、魔空間へ意識を向けた。
「今、やってみる」
魔空間にある魔力へ意識を伸ばす。
そして、自分の体へ引き込むイメージを作った。
すると――。
「……できた」
俺自身が驚いた。
「魔空間から魔力を引き込める。
これは……新しい魔空間の使い方だ」
ラルフも驚いた顔をする。
「もし魔術学会で発表したら……」
「歴史が変わるな」
俺は苦笑した。
「魔力タンクの仕事も、かなり減るかもしれない」
そしてルノアを見る。
「ルノア。これは学院で発表したほうがいい。
この発見だけでも、大きな研究成果になる」
「はい」
ルノアは頷いた。
ラルフが、ふと何かを思い出したように言った。
「……いや、最初の話に戻ろう」
「最初?」
「ヴァリーの魔導初期本だ」
俺は頷いた。
「そうだった」
ラルフは本を思い出しながら話す。
「そこに書かれていた魔法は、詠唱なしでは使えない。
少なくとも、俺たちはそう思っていた」
「エミリアも、詠唱を短くすることはあったけど、声には出していた」
俺も続ける。
「俺もラルフもそうだ。
どれだけ短くしても、詠唱そのものは必要だった」
「無詠唱ができるのは、竜人皇族の方くらいだな」
「頭の中で魔法をイメージすれば発動できる、という話を聞いたことはある。
でも、実際に試した人間も、成功した人間も知らない」
俺はルノアを見る。
「それをルノアは、お母様の絵を見ながらやったというのか……」
「はい」
「なら……」
俺は自分でも半信半疑のまま、魔法をイメージした。
水。
水が出る。
ただ、それだけを頭の中で強く思い浮かべる。
「…………」
何も起こらない。
さらにイメージを強くする。
「……ああ」
水が、手のひらから溢れた。
「できた」
思わず声が漏れる。
「水が出たぞ……」
だが、次の瞬間。
「……うっ」
頭に鋭い痛みが走った。
「痛っ……」
俺が額を押さえる。
「ヴァリー!」
ラルフが慌てる。
その瞬間、ルノアがすぐに俺のところへ駆け寄った。
「伯父様、大丈夫ですか?」
そして、さっき作ったばかりの魔石を一つ、俺の手に握らせる。
「これを持ってください」
「ルノア……これは?」
「元気珠です。
お父様と伯父様が元気でいられるように作ったんですから」
俺は手の中の魔石を見つめた。
「…………」
さっきまでの頭痛も忘れてしまうほど、胸が熱くなった。




