17 お父様の準備
翌日、ヴァリー伯父様から魔鳥便が届いた。
白い鳥が、私の前まで飛んでくる。
すると、鳥の身体からヴァリー伯父様の声が聞こえてきた。
「ルノア。明日のお昼過ぎに、そちらへ行こうと思っている。
買い物にも一緒に行ってあげたいんだが、ラルフから『私もまだルノアと買い物に行っていないから駄目だ』と言われてね。
エミリアの時は私に譲ったんだから、ルノアは駄目だ、と昔のことをいつまでも愚痴愚痴と言い始めて……全く、大人げない」
少し呆れたような声だった。
「まあ、仲が悪いわけではないから心配するなよ。
今回は、何か美味しい茶菓子を買って行くからな。
ルノア、楽しみにしていてくれ!
では、明日な!」
そこで声が途切れた。
白い鳥は私のほうへ近づいてくると、身体をすり寄せ、嘴で私の指をちょんちょんと突いた。
「可愛いなぁ」
私は笑いながら、その顎の下を指先で撫でる。
少し魔力を分けてあげると、頭の中に、
『名前をつけて!』
そんな声が聞こえたような気がした。
「名前?」
私は白い鳥を見つめた。
「白ちゃん……かなぁ」
そう呟きながら、もう一度優しく撫でる。
すると、全身の白い羽根が一斉に大きく膨らんだ。
「わっ……」
ぶるぶると身体を震わせると、さっきより少し大きくなったように見える。
「まぁ、いいっか!」
私は気にせず、もう一度顎の下を撫でた。
白い鳥は嬉しそうに目を細めている。
「じゃあ、ヴァリー伯父様のところへ帰ってね」
そう言って、魔鳥便を送り返した。
すると、今度は福ちゃんが近づいてきた。
「福ちゃんもおいで」
同じように魔力を分けてあげる。
それから、ふと思いついて尋ねた。
「福ちゃん、魔空間に入る?」
すると、福ちゃんは首を左右に振った。
「入らないの?」
もう一度聞くと、やっぱり首を横に振る。
最近、福ちゃんは私たちの言葉を、少しずつ理解しているような気がする。
「そう。じゃあ、入らなくていいよ」
私は福ちゃんの頭を撫でた。
そして、お父様から言われていたことを思い出す。
「お父様が言っていた通り、この大きさで止めるからね」
そう伝えると、福ちゃんは頭を上下に動かした。
「……分かってるの?」
どうやら、私の言葉を理解しているらしい。
「えらいね」
私は嬉しくなって、福ちゃんを抱きしめた。
「フゥ……フゥ……」
福ちゃんは機嫌よく鳴きながら、私に身体を預けてくる。
最近は、こうして福ちゃんと過ごす時間も、とても楽しかった。
そして、ここ最近のお父様の生活も少し変わった。
毎日、夕方には帰宅するようになり、夕食は二人で食べることが増えた。
仕事が忙しい時は、家へ持ち帰ってくることにしたらしい。
宰相補佐官たちにも仕事を任せるようになり、五人の補佐官へ、できるだけ偏りが出ないよう仕事を振り分けているのだと聞いた。
そんなある日の夕食。
お父様が、静かに口を開いた。
「ルノア。私は二年後に宰相を降りる準備を始めたよ」
「……え?」
「そして、ヨーリアン帝国へ一緒について行こうと思っている」
私は驚いて、お父様を見つめた。
「もちろん、まだ誰にも伝えていない。
領主としての仕事についても、今任せている執事と相談しながら、少しずつ引き継ぐ準備をしているところだ。
ルノアにも、これから領主としての仕事を教えていきたいと思っている」
「私に……?」
「ああ」
お父様は優しく頷いた。
「もしルノアが魔術師として生きたいと思ったとしても、
領主として生きたいと思ったとしても、
あるいは冒険者になりたいと言ったとしても……
私は、どの道を選ぶ可能性も残してあげたい。
何か一つを押し付けて、その可能性を潰したくないんだ」
「お父様……」
「私自身、昔は魔術師団に入り、魔術師として国を守りたいと思っていたことを、最近になって思い出したんだ」
お父様は、少し遠くを見るような目をした。
「ただ、私の両親からは、宰相として今の国の基盤を整え、それを次の世代へ引き渡してほしいと言われた。
私には兄弟がいなかったからね」
「……はい」
「国を整えていく仕事は、大変だった。
でも、同時に楽しくもあったよ。
ただ最近は……尊敬できる人の下で働きたいと、そう思うようになった」
私は黙って、お父様の話を聞いていた。
「ヴァリー様から請求された、これまでの精算や支払いの額がかなり大きかっただろう?
それを理由に、王が税率を上げると言い出したんだ」
「……税率を?」
「ああ。
しかも、自分たちの贅沢はやめようとしない。
何度諭しても変わらない人なのだと……そこで、もう見切りをつけた」
お父様はため息をついた。
「だからといって、今すぐ国を替えるつもりはないよ。
ただ、ハーマイル公爵に、私の体調不安を理由に、次の宰相職について打診してみたんだ」
「ハーマイル公爵様に?」
「ああ。
思っていた以上に感触がよくてね。
これから調整しながら、ゆっくりと外堀を埋める準備を始めるつもりだ」
お父様の口元が、ほんの少しだけ上がった。
「それと、ライド殿下からは何度か面会の要請が来ていたんだが、王には直接、お断りを伝えてある」
「……そうだったのですね」
「この程度の妨害で諦めるようなら、まだ九歳のライド殿下には仕方のないことなのかもしれないが……」
お父様は少し考えてから、苦笑した。
「第一王子殿下や第二王子殿下よりは、まだ話が通じるほうではある。
ただ、少し王族特有なのか……横暴なところも見えてきた。
それに、魔術が得意だということを、少し自惚れているようにも感じる」
「……」
「私のほうが魔力量は多いんだがね」
お父様が、珍しく少しだけ得意そうな顔をした。
「まあ、他を知らないのだろう。
自分より魔力量が多い者と接する機会も、きっと少ないのだと思う」
そして、お父様は最後に静かに言った。
「今のところ、私にできることは一つだ。
ハーマイル公爵を味方につけるしかないだろう、と考えているよ」
そう言って、お父様は……ほんの少しだけ、黒い笑顔を浮かべた。
「……お父様?」
「何でもないよ」
そう言いながらも、お父様の笑顔は、どう見ても何かを企んでいる人の顔だった。




