15 父と娘 それぞれの思い
ラルフは少し考えるような素振りを見せた。
「……なぜ、そう思ったのか聞いてもいいかい?」
ルノアも、どこまで話すべきなのか少し迷った。
それでも、ゆっくりと言葉を選びながら話し始める。
「私も、サリド殿下の言動や態度を見て、自分自身を省みたんです。
本当に私がやらなければならないことは、何なのだろうって。
公爵令嬢として、貴族として生きていくなら、王家や領民に対して責任を果たさなければならないと思います。
でも、私はまだ十歳です。
これから何ができるのか、まだ分かりません。
ただ……王妃様のように、ドレスや宝石にしか興味がない方や、サリド殿下のように横暴な方を、不敬だとは分かっていますが……支えたいとは思えませんでした」
ルノアは一度、言葉を止めた。
「ライド殿下は、とても優秀だと思います。
でも、『王妃になってライド殿下を支えたいか?』と聞かれたら……私は、なりたくないと答えます。
今の私が、はっきり答えられるのは……お父様とヴァリー伯父様には幸せでいてほしい、ということくらいです。
それと、もっとしっかり勉強もしたいです」
ラルフは黙ってルノアの言葉を聞いていた。
「それから……ヴァリー伯父様が解放されたときに、自分の意思で自由に国を守りたい、とお話しされていたこと。
あの言葉が、私が考えるきっかけになりました。
お父様には、『宰相として、マクアリール公爵家のためになる婚約なら構わない』と言いました。
でも……それが本当にお父様がしたいことなのかと考えると、私にははっきりとは言えませんでした」
ルノアは、少し俯いた。
「だから……お母様との約束を果たすためだけに、お父様が宰相を我慢して続けているのではないかって……心配になったんです。
うまく言えなくて、ごめんなさい」
そして、少しだけ顔を上げる。
「ただ……お母様と最後に過ごしたタスワンズ湖の領地だけは、守りたいと思いました。
それだけでもいいのかもしれないって。
でも、それだけでは守れないのかもしれません。
だから私も、お父様は本当はどんなふうに生きていきたいのか……聞きたいと思ったんです」
ラルフはしばらく黙っていた。
やがて、小さく息を吐く。
「そうか……」
その声には、どこか懐かしむような響きがあった。
「私も……宰相の仕事に逃げていたのかもしれないな」
ルノアが顔を上げる。
「そうすることで、エミリアとの別れや、いなくなった寂しさを誤魔化していたのかもしれない。
『ルノアのため』『エミリアとの約束のため』と考えていれば、エミリアのいない生活にも耐えられた。
それに、ルノアにも寂しい思いをたくさんさせていると思っていた。
だからこそ、自分でも我儘だと分かっていても……ルノアの望むことを、できる限りすべて許してしまったのかもしれないな」
ラルフは苦笑した。
「本当は、駄目なことは駄目だと、もっとしっかり伝えなくてはいけなかった。
もっと早くヴァリー様とも交流を持っていればよかったとも思う。
今になって、反省することばかりだよ」
それでも、ラルフの表情は少しずつ柔らかくなっていった。
「でも……まだ遅くはないとも思っている。
最近、エミリアが話していた言葉を、たくさん思い出すんだ。
『本当に自分がしたい仕事なの?』
『本当に仕えたい人なの?』
『領地を栄えさせたいと思っていても、それを本当に自分がやりたい仕事なの?』
そう聞かれたら……
今の私は、『義務だから』としか答えられないと思う」
ラルフは少し考えるように視線を落とした。
「だから私も、ゆっくり考えてみようと思うようになった。
それ自体が、私にとっては新しい変化なのかもしれないな」
そして、ルノアに穏やかな笑みを向けた。
「これから考えが変わるかもしれない。
あるいは、変わらないかもしれない。
いつか、もう一度考え直す時が来るのかもしれないな。
今は……そう思えるようになったことを、大切にしたいと思っているよ」




