第2話 『少尉』
建物から出ると、そこではノーザリオン兵らが意気揚々と女性たちを連れてそれぞれの車に乗り込んでいく光景がそこかしこに見られる。
女性たちは一様に暗い顔でさめざめと泣いていた。
それを見たターニャの目にも涙が滲む。
逃げないよう両手を縛られたままのターニャも車に乗せられた。
イグナートという将校は車の後部座席にターニャを乗せると、自分もその隣に乗り込んだ。
そして運転席と助手席に乗っている部下と思しき若い兵士らに車を出すように命じる。
若い兵士らの口ぶりによれば、イグナートは少尉のようだった。
窓の外を流れていくのは戦争によって蹂躙された故郷の街の光景だ。
かつてと同じ街並みであるはずなのに、今はもはや別の街のようだった。
ターニャは走る車から飛び降りてしまいたい衝動に駆られるが、両手を縛られた上に腕をガッチリとイグナートに掴まれているために、それも叶わないだろう。
その手の力の込め方から、絶対に逃がさないというイグナートの強い意思を感じ、ターニャは逃走をあきらめた。
そもそもターニャの故郷であるこの街には、もうどこもかしこもノーザリオン兵だらけなのだ。
逃げられるはずもない。
やがて車は一軒の民家の前で止まった。
近くに集合住宅のある一角であり、大勢のノーザリオン兵が行き交っている。
民家の前で車から降ろされたターニャはイグナートに連れられて家の前に立つ。
若い兵士らを乗せた車はそのまま走り去っていった。
家はそれほど大きくはないが新しい建物であり、将校用に宛がわれているのだろう。
「さっさと入れ」
イグナートに引っ張られてターニャは家の中に足を踏み入れた。
ノーザリオンに占領されるまでは正当な家主が住んでいたはずだ。
連れて来られたとはいえ勝手に上がり込むことにターニャは罪悪感を覚えた。
同時に占領軍の横暴さが悔しくてたまらなかった。
そんなターニャの内心も知らずイグナートは扉を閉めて施錠すると彼女に告げた。
「先に言っておくが自殺しようなどと考えるなよ」
そう言うとイグナートはターニャの両腕を縛っている縄を解き、そのまま彼女の腕を取って居間に連れていく。
居間に向かう廊下には花瓶台が置かれ、そこには白いカモミールの花を飾った花瓶が置かれていた。
ほんのりと甘酸っぱい香りが漂う中、居間に入るとそこには木製の四角いテーブルが置かれていた。
そしてテーブル傍の椅子に彼女を座らせるとイグナートも対面の椅子に腰をかけた。
それから彼は自分の鞄の中から一冊のノートを取り出す。
そして軍服のポケットから一本のペンを取り出し、白紙のノートに何やら書き込むとそれをターニャに見せた。
そこに書かれた内容にターニャは思わず眉を潜める。
【声を出さずに読め。この家の中は盗聴されている。俺はイグナート・クロチコフ。少尉だ。俺は君に危害を加えるつもりはない】
ノートにはそう書かれていたのだった。




