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第1話 『嫁探し』

 冷たい床の感触がひざから全身に伝わり、絶望感は増していく。

 

「おまえ。立て」


 敵国兵であるノーザリオン兵の声に20歳のターニャは恐ろしくて震えた。

 兵士によって引き立たされたのは彼女のすぐとなりにいる少女だった。

 おそらくターニャより2~3歳は若いだろう。

 彼女は泣きながらブルブルと震えて歩くこともままならず、敵兵に強引に引きずられるようにして連れていかれた。


 室内には異様な緊張感と絶望的な恐怖が重苦しい空気となってただよっていた。

 無機質な石壁に囲まれたその広間には、40名ほどの若い女性が座らされている。

 周囲には銃を構えたノーザリオン兵たちが目を光らせていた。

 座らされているのはすべてターニャと同じウリエル国の若い女性たちだ。

 皆、名前と年齢を書いた札を首から下げさせられていた。

 

 隣国りんごく同士であるノーザリオンとウリエルが開戦してもう2年と半年になる。

 戦況はノーザリオンが優勢だった。

 ウリエルは国土の奥深くまで攻め込まれ、すでに数万の国民が命を奪われている。

 そしてノーザリオン兵は街を一つ占領すると、若い女性を捕らえてはこうして一ヶ所に集めていた。


 そこで行われるのは『嫁探し』と称される行為だ。

 街を占領したノーザリオン兵はその街に駐屯ちゅうとんし、占領状態を維持いじすることに努める。

 そのため接収した家屋に住むのだが、その際に共に住まわせるウリエルの女性を選ぶのだ。

 正式な妻としてではなく、あくまでも戦時の一時的な妻として。


 そして選ばれたウリエルの女性はノーザリオン兵の身の回りの世話をすることになる。

 もちろんそこには夜伽よとぎの相手を務めることもふくまれていた。 

 そのことを考えるとターニャは悲しくてたまらず、涙をこぼす。

 他にも泣いている女性たちがいて、ノーザリオン兵に鬱陶うっとうしいから泣くなと怒鳴どなりつけられていた。

 ターニャは必死に涙を隠し、嗚咽おえつこらえる。


 戦争で父も母も死んでしまった。

 兄や弟たちは徴兵ちょうへいされ戦火の中で生死不明、親戚しんせきたちは連絡がつかず行方ゆくえ知れずとなっていた。

 そして今、こうして自分も捕まった。

 ターニャは絶望に打ちひしがれる。


 家族も家も何もかも失った挙句あげくに、最後は自分の尊厳も奪われるのだ。

 もう死んでしまいたかった。

 死ねばこの地獄も終わる。

 楽になりたかった。


 そんなターニャの前に1人の男が立つ。

 男はニヤニヤとした顔でターニャを品定めするように見下ろした。

 ついに自分の番が来たのだと知り、ターニャは恐ろしくて顔を上げられず、うつむいたままガタガタと震えた。


「おい。顔を上げろ」


 男はその手でターニャのあごつかんで無理やり顔を上げさせる。

 ターニャが見たのは小太りであぶらぎった顔の男だった。

 その顔にいやしい笑みを浮かべた男は、ターニャの顔や体をジロジロと見る。


つらは悪くねえが……胸やしりに肉が足りねえな。貧相な体だ」


 男の視線が体中をい回るようにまとわりつき、ターニャは恐怖と嫌悪感を必死にこらえる。

 こらえていないと気持ち悪さで嘔吐おうとしてしまいそうだった。

 そんな時、別の男がその小太りの男に声をかける。


「スチェパン。その娘は俺がもらう」


 そう言ったのは厳しい顔つきをしたせた男だった。

 どうやら将校らしく、軍服の胸に徽章きしょうが付けられている。

 その将校を見るとスパチェンと呼ばれた小太りの男は小さく舌打ちをした。


「イグナート。そうかい。おまえさんのお気に入りなら俺は手を引くさ」


 口ぶりからするとスチェパンも同じ地位の将校なのだろう。

 スチェパンはターニャのななめ前に座らされている女性に目を付けると、その女性を連れて部屋から出ていく。

 イグナートと呼ばれた将校はターニャの前に立つと冷たい表情で彼女に命令した。


「立て。行くぞ」


 ターニャは立ち上がることが出来ない。

 恐ろしくて足が動かないのだ。

 それを見たイグナートはターニャの腕をつかむと無理やり引き立たせ、彼女を広間から連れ出すのだった。

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