第21話 『作戦』
「そろそろ時間だ」
コーネルの呼びかけに応じてターニャはアルミラたち他の娘と共に食堂を出る。
コーネルはターニャの傍に寄ると低く抑えた声で言った。
「今からマイヤがひと騒ぎ起こす。君は俺が合図したら一緒に来てくれ。必ず君を船に乗せる。だから何があっても驚かないでくれ」
そう言うコーネルにターニャは神妙な面持ちで頷いた。
ここに来るまでに色々なことがあった。
もう何が起きても驚いたりしない。
ターニャはそう心に決める。
すると……先ほどの積み荷検査場の方から女性の大きな声が聞こえてきた。
「ちょっと! いい加減にしなさいよ!」
それはマイヤの声だった。
そしてもう1人の女性も金切り声を上げる。
「それは言いがかりです! 何で私が社長の愛人なんですか!」
「白を切るつもり? あんたが前々からうちの夫に色目を使っているのは見え見えなのよ!」
そこから2人の女性が言い争う声は続く。
ターニャは驚いてコーネルを見た。
コーネルは本当の喧嘩ではないから大丈夫だというように首を横に振った。
女性同士が言い争う声のトーンが高まる度に人々の注目度も上がっていき、見かねた兵士らが止めに入る。
しかしマイヤは持ち前の強気な声でそれを一喝した。
「何よ! あんたたちには関係ないでしょ! これはうちの問題なの!」
騒ぎが大きくなり、検査場の兵士だけでは埒が明かないと思ったのだろう。
積み荷置き場の見張りの兵士2人も応援のために検査場へと駆け付けていく。
それを見たコーネルがターニャに声をかけた。
「今だ。行こう」
そう言って足早に歩き出すコーネルの後に付いてターニャも積み荷置き場へと向かった。
聞こえてくるマイヤの怒声に、ターニャはイグナートが市場で起こした喧嘩騒ぎを思い返す。
(姉弟で同じ方法を選んでいる。少尉……あの後どうなったのかな)
だが、そんなことを考えている暇もない。
見張りの兵士がいない今の内しか行動する機会はないのだ。
コーネルは積み荷置き場に置かれた大きめの木箱の裏に入ると、肩に下げていた鞄の中から何かを取り出した。
それは折りたたみ式のゴルフバッグだ。
ゴルフクラブを収めるのための縦長のバッグである。
コーネルはそれを開くと中から1本のバールを取り出した。
ゴルフクラブは1本も入っておらずバール以外、中身は空だ。
「このゴルフバッグの中に入りなさい。積み荷と一緒に船に乗せるから」
「え? でもまだ積み荷の検査は終わっていないんじゃ……」
そう言うターニャにコーネルは傍らの木箱をトントンと叩いて言う。
「これもうちの積荷さ。昨日、別の街から仕入れたものだ。昨日の内に検査も済ませてある。今の内にこれに潜り込めば……」
そう言ったコーネルがハッと顔色を変えた理由はターニャにも即時に理解できた。
後方から先ほどの見張りとは別のノーザリオン兵2人が何やら話しながら積み荷置き場の方へ向かってくる声が聞こえてきたからだ。
青ざめるターニャの手首を掴み、コーネルは彼女と共に木箱の陰に身を隠す。
2人が隠れた木箱の傍に近付いてきたノーザリオン兵は、木箱の向こう側で立ち止まると木箱の縁に背を預けて寄りかかった。
そして煙草を取り出したようでマッチを擦る音が聞こえる。
ほどなくして煙草の煙が漂ってきた。
その煙をまともに顔に浴びてしまい、ターニャは思わず咽そうになって必死に口を手で押さえる。
煙が目に染みて涙が出てきた。
だがターニャは死に物狂いでそれらを堪える。
ここで見つかってしまえば自分だけではなくコーネルやマイヤにも危険が及ぶのだ。
目を閉じて息を殺し、先ほどアルミラからもらった赤と白の人形を握りしめながらターニャはひたすら祈る。
ノーザリオン兵らが自分たちに気付くことなく立ち去ってくれることを。
そんなターニャの祈りなど知ることもなく、2人のノーザリオン兵は互いに言葉を交わし始めた。
「もういい加減に国に帰りたいよな。正直……ウリエルの奴らを撃ち殺すのは精神的にキツイよ」
「滅多なことを言うなよ。上に聞かれたら銃殺ものだぞ」
「上だって同じこと思ってるよ。ウリエルの奴ら、俺たちと同じ顔をしてるんだぞ。まるで同じ国民を撃ち殺しているみたいだ。もう頭がおかしくなりそうだぜ。実際、頭がおかしくなっている仲間も多いだろ」
「まあ……確かにな。でも殺さなきゃ殺されるんだから、やるしかねえよ。しょせん俺たちは一兵卒に過ぎないんだからよ」
それからノーザリオン兵たちは二言三言の愚痴を言い合うと、煙草を吸い終えてその場から去っていった。
ターニャはゆっくりと静かに息をつく。
緊張で今になって汗が噴き出してきた。
コーネルはそんな彼女を気遣うように見つめながら小声で言う。
「戦争って……何なんだろうな」
「えっ?」
「加害者がいて被害者がいて、でもああして実際に戦場に立つ者たちの中には、殺し殺される戦いなんてしたくないって奴も少なくない。じゃあ一体何のために……どこの誰が起こしているんだろうな。戦争って」
その言葉にターニャは何も言わずに頷いた。
この戦争を起こし、自分は安全な場所で笑っている者がいるのかもしれない。
そんなことを考えるとターニャはその者への憎しみで頭の中が熱くなった。
見知らぬ誰かが起こしたこの戦争のせいで、父も母も兄弟たちもいなくなってしまった。
ターニャは悔しくて地面の砂を握りしめる。
(絶対に……絶対に生き延びてやる。こんな愚かな戦いの犠牲になんかなってたまるか)
そこからはもう無我夢中だった。
コーネルの指示に従ってターニャはゴルフバッグに身を隠し、そのまま木箱に入れられる。
そして木箱が船に積載されると無事にダビアンの商船は運河を出発した。
出発するとすぐにコーネルとマイヤが船倉へとやって来て木箱の蓋を開けてくれた。
その後、客室へと案内されたターニャをアルミラたちも温かく迎え入れてくれる。
ターニャがようやく気を緩めることが出来たのは、船に乗り込んでから数時間が経過した頃のことだった。




