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カモミールの花をあなたに  作者: 枕崎 純之助


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第20話 『お守り』

 ターニャはトラックから降りると緊張の面持《おもも》ちで運河の港を見回した。

 港には数多くの車両が出入りしており、30名ほどのノーザリオン兵はライフル銃を肩にかけてそれぞれ監視や交通誘導、積み荷検査などの業務に当たっているが、人手が足りないのか隅々までは目が行き届かないようだ。

 しかしトラックを降りたコーネルの元には1名のノーザリオン兵が駆け寄ってきた。

 ターニャは思わず身を固くして俯《うつむ》く。

 ノーザリオン兵はターニャをチラリと一瞥《いちべつ》すると、コーネルに目を向けて整然と言った。


「現在、積み荷検査までは40分待ちだ。手続きを済ませて待つように」

「はい。ご苦労さまです」


 コーネルはそう言うとターニャに目配《めくば》せをして手続きのために受付の事務所に向かった。 

 ターニャがチラリと後方を振り返るとマイヤが部下の女性4人たちと何やら話し合っている。


(見ず知らずの私を助けてくれる人がいるなんて……)


 ターニャは己《おのれ》の幸運に感謝した。

 戦時下であり、皆自分のことで手一杯のはずだ。

 だがターニャはここまで他人の厚意によって心身を傷つけられずに済んでいる。

 今の自分に出来ることはマイヤたちの親切心を信じ、決して取り乱したりしないことだと思った。


 そう思いながらターニャはコーネルの後に付いていく。

 向かう先の事務所には十数人が受付のために列を作っていた。

 そこに並んで10分ほどで手続きを済ませると、コーネルはトラックの近くで待機しているマイヤに手を振った。


 それを見たマイヤは手を振り返し、1人だけ女性の部下を連れてトラックに乗り込むと自らハンドルを握って車両を移動させる。

 コーネルはターニャを引き連れて検査済みの積み荷が一時保管されている荷置き場へと向かった。

 荷置き場には2名ほどのノーザリオン兵が見張りに立っている。

 そのうちの1人がコーネルを見咎《みとが》めると声をかけてきた。


「おい。ここは立ち入り禁止だ」

「あ、すみません。厠《かわや》がどこか分からなくて……」


 申し訳なさそうにそう言うコーネルにノーザリオン兵は冷然とした顔で告げる。


「厠《かわや》なら受付所の裏だ。さっさと行け」

「はい。ありがとうございます」


 コーネルは頭を下げるとターニャを連れてそちらに向かった。

 受付所の近くには部下の女性3人が待っている。

 1人は鞄《かばん》を下げていて、それをコーネルに差し出した。

 それを受け取るとコーネルは3人に言う。


「うちの番が来るまで後30分程度だ。3人とも、彼女を少し休憩させてあげてほしい」


 3人は頷《うなづ》き、そのうちの1人がターニャの手を取った。

 ターニャは少々驚(おどろ)いたが、彼女たちに従って受付所の建物の裏手に向かう。

 イグナートの元を離れて以降、もう何時間も厠《かわや》に行っていなかったので、尿意《にょうい》が限界に近かったのだ。

 ターニャは歩きながら小声で3人に挨拶《あいさつ》をする。


「ターニャと申します。この度《たび》はお手間をおかけしてすみません」


 ターニャの言葉に笑みを浮かべるのは、ターニャの手を引いている若い女性だ。

 年齢はターニャと同じくらいだろう。

 彼女は朗《ほが》らかな笑みを浮かべると、特徴的なダビアン訛《なま》りで言った。


「アタシはアルミラ。こっちがオリカでそっちかドムニカ。で、副社長と一緒にいるのがガブリエラよ。よろしくね」

「よ、よろしくお願いします」


 ターニャはペコリと頭を下げる。

 それから4人は厠《かわや》で用を済ませると、受付所に隣接《りんせつ》している食堂で軽食を食べた。

 余計な話を周囲に聞かれても困るからと皆、食事中は他愛もない雑談に終始し、ターニャに詳しく話を聞こうとはしなかった。

 ターニャも黙々(もくもく)と硬《かた》いラスクを食べ、甘みの強いホットミルクを飲んで静かに息をつくばかりだ。 

 ターニャが俯《うつむ》きがちに軽食を食べていると、アルミラがポケットから何かを取り出して彼女に手渡した。


「はい。これどうぞ」

「え? これは……」


 ターニャが受け取ったそれは親指ほどの大きさの陶器《とうき》製人形であり、赤い人形と白い人形が紐《ひも》で結び付けられたものだった。


「お守り。ダビアンではこれを身に着けていると悪いことから守ってくれると言われているのよ。あなた、事情は知らないけれど辛いことがあったんでしょう? これあげるから元気出して」


 そう言うとアルミラは屈託《くったく》なく笑う。

 手の平の上の2体の人形は実にかわいらしく、ターニャは心が和《やわ》らぐのを感じた。


「もらっていいの? 大事な物なんじゃ……」

「いいの。私も以前に辛いことがあって、でもこの人形のおかげで元気になったの。今は友達もいて仕事もあるし、もう大丈夫。今度はあなたが元気になって」


 そう言うアルミラにターニャは感謝の気持ちを伝えた。

 自然と笑顔になった。

 同年代の女性とこういう何気ない会話が出来ることが嬉しかった。

 そして安堵《あんど》から思わず涙が滲《にじ》む。

 ターニャが涙を拭《ぬぐ》っていると、アルミラはその肩に優しく手を置いてくれた。


「大丈夫よ。生きてさえいれば必ず幸せになるチャンスは巡《めぐ》ってくるから」


 月並みな慰《なぐさ》めの言葉が今のターニャには温かかった。

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