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カモミールの花をあなたに  作者: 枕崎 純之助


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第18話 『新たな出会い』

「おい。全部開けろ。目録の通りになっているか確認だ。密輸は許さんぞ」


 ノーザリオン兵のものと思《おぼ》しき男の声に、ターニャは恐慌《きょうこう》状態に陥《おちい》りそうになるが、綿毛の中にじっと身を潜めていることしか出来ない。

 蓋《ふた》を開けられ中を探られたらターニャは見つかってしまう。

 そうなればこれまでのすべては水の泡だ。

 ターニャは恐ろしくて震えが止まらなくなってしまう。


(もう嫌だ。戦争が始まってからずっとこうだった。ずっとこうして隠れて……震えてるだけ。いつになったら安心して暮らせるの?)


 戦争のない国に行きたい。

 ターニャは心からそう思った。

 人が安心して生きていくために、平和こそが何よりも尊いのだ。

 ターニャは震える両手を胸の前で組んで必死に祈《いの》る。

 その時、予期せぬ声が響いた。


「ちょっと待ってよ。商品を壊したり汚したりしたら賠償してもらうよ」


 それは凛《りん》としていてよく通る女性の声だった。

 その声を受けて男が冷たい声で言う。


「そういうことは上に言ってくれ。俺たちは上の命令で動いているだけだ」

「まったく。飯の種を台無しにされちゃたまらないよ。開封と商品の開示作業は全てこちらに任せてもらっていいかい」


 女性がそう言った後、何らかの金属のような物がジャラジャラと鳴る音が聞こえてきた。

 途端《とたん》に先ほどまで居丈高《いたけだか》だった男の声のトーンが下がる。


「……早々に済ませろ。必ず開封後の状態を我々に見せるように」


 そう言うと男たちの声は遠ざかっていった。

 代わりに数人の女の声が聞こえてくる。


「まったく。余計な経費がかさみますね。賄賂《わいろ》も積み重なると馬鹿にならないわ」

「やめな。滅多なことを言うもんじゃないよ。特にここではね」

「副社長。こちらも開けますか?」

「あ〜……それは私が開けるからいいわ。あなたたち、外に出せる荷物は外に出して兵士たちに見せておいてくれる? 早くしろとか急《せ》かされると鬱陶《うっとう》しいから」


 そう言うと荷台の上は静かになった。

 そして……ターニャの隠れ潜む木箱の前に女のそれと思《おぼ》しき足音が響いて止まる。

 ターニャは緊張の極限で息を飲んだ。

 

 全身の筋肉が強張《こわば》ってしまったように感じる。

 そして木箱の蓋《ふた》を開けるために釘《くぎ》がグイグイと引き抜かれる音が聞こえてきた。

 その後、女の小さな呟《つぶや》きがターニャの耳に届く。


「イグナート。一体何を送ってきたのかしら……」


 その言葉にターニャはハッとした。

 今、目の前にいる女性はイグナートを知っている。

 そして蓋《ふた》が開けられ、頭上からのわずかに光が差し込んできた。


「あら。なかなか上等な綿毛じゃないの」


 そう言う女性の手が綿毛の中に差し込まれた。

 その手が……ターニャの頭に触れ、ビクッとして一瞬止まる。

 ターニャは観念した。


(み、見つかった……)


 だが、女性は声を上げるでもなく黙《だま》って綿毛をかき分ける。

 ターニャの視界が開かれていく。

 ターニャは恐る恐る顔を上げた。

 そこには……30代くらいの女性がこちらを見下ろしていた。

 その顔は驚《おどろ》きの色に染まっている。


「驚《おどろ》いた……イグナートの言っていた贈《おく》り物ってあなたのことなのね」


 そう言うと女は自分の唇《くちびる》に人差し指を当て、声を潜めて言った。


「声を出さないで。大丈夫。あなたに危害は加えない。箱からゆっくり出て来て。転ばないように気を付けて。今なら誰にも見られないから」


 女はそう言うとじっとターニャを見つめた。

 その目が……どこかイグナートに似ていて、ターニャは息を飲みながら頷《うなづ》く。

 今は従うほかないのだ。


 ゆっくり立ち上がると、トラックの荷台は幌《ほろ》に覆《おお》われていて外からは完全に見えないことと、今は荷台に自分と目の前の女性の2人しかいないことが分かった。

 ターニャは注意深く木箱の縁《へり》に手をかけ、外に出る。

 すると目の前の女はターニャの外套《がいとう》や髪の毛に付いた綿毛を丁寧《ていねい》に払ってくれた。

 その手付きや振る舞い、そして眼差《まなざ》しは優しく、ターニャを怯《おび》えさせないための配慮《はいりょ》が見て取れる。


「あなた、名前は?」

「……タ、ターニャです」

「そう。私はマイヤ。イグナートの姉よ」

「クロチコフ少尉《しょうい》の……」


 驚《おどろ》くターニャにマイヤと名乗ったその女性は柔和《にゅうわ》な笑みを浮かべて頷《うなづ》いた。


「私のことは副社長と呼びなさい。今からあなたは私の部下のフリをするの。いいわね。常に私の傍《そば》にいなさい」


 そう言われるままターニャは静かに頷《うなづ》いた。

 マイヤはターニャを一度木箱の陰《かげ》にしゃがみ込ませると、トラックの幌《ほろ》の外に顔を出して部下の女性たちを集める。

 そして何やら小声で伝えると、部下の女性たちは一様に驚《おどろ》きの表情を浮かべた。

 しかし彼女たちは何を言うでもなく黙《だま》って頷《うなづ》く。

 それを見たマイヤは笑顔を浮かべて背後のターニャを振り返った。


「ターニャ。一緒に来なさい」


 ターニャは緊張に顔を強張《こわば》らせながら、外套《がいとう》を羽織《はお》ったままトラックの外に降りる。

 それを見たマイヤは見張りのノーザリオン兵らを呼び寄せた。


「すべて開封したから中身の確認に立ち会っていただける?」


 そう言うマイヤにノーザリオン兵らはトラックの荷台に乗り込んでいく。

 マイヤの部下の女性がいつの間にか1人増えたことには気付きもしない。

 ターニャはマイヤの部下の女性らに目を向ける。

 ターニャとほぼ同世代に見える4人の若い女性たちだ。

 

 元々この大陸には中世の時代に大きな国家があり、それが近代になっていくつもの国に分裂したため、人種や言語、信仰や文化の似通《にかよ》った人間が多かった。

 ダビアンは多少言葉に訛《なま》りがあるものの、ノーザリオンとウリエル同様、その国民も外見的にはそう変わりないのだ。

 ターニャがこの娘たちと共にいても違和感はない。

 それでもマイヤの部下の娘たちは、突然現れたターニャに対して隠しきれない戸惑《とまど》いや好奇をその目にたたえていた。


「みんな。無事に手続きは終わったから引き上げるわよ」


 ノーザリオン兵らへの積み荷の開示作業を終えたマイヤがそう言うと、娘たちはすぐにターニャから視線を外し、トラックとは別の車両に乗り込んでいく。

 ターニャはどうしたら良いか分からずにマイヤに目を向けた。

 マイヤは手招きをしてターニャを呼び寄せると、トラックの助手席側の扉《とびら》を開ける。

 すると3人乗りのトラックの運転席にはすでに1人の男が座っていて、ターニャは思わず立ち止まった。

 それを見たマイヤは苦笑する。


「大丈夫よ。この人はうちの会社の社長で、私の夫。イグナートのことも知っているわ。安心して」


 そう言うとマイヤはターニャの手を取って内側の助手席に乗せ、次いで自分は窓際《まどぎわ》の助手席に乗るとドアを閉める。

 すぐにトラックは出発するのだった。

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