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葬霊の鞘と銀の月 ―百年戦争の残滓― 〜神を喰らう魔剣と、奇跡を紡ぐ少女〜  作者: ウィースキィ


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第64話 漆黒の炎と純白の光


 焦熱の地獄と化した古戦場に、静寂とは異なる異質な『圧』が満ち始めた。


 それは、神話の時代に終止符を打つための、儀式にも似た荘厳な覚醒の予兆であった。


 リアムが、腰に()いた一振りの刀の柄に手をかける。その鞘を幾重にも縛り付けていた、魔力を封じるための古びた鎖が、内側から溢れ出す純白の光に耐えかねて軋んだ。


「――アイテリエル、力を貸してくれ」


 少年の静かな、けれど魂の底から絞り出したような呼びかけに応じ、鎖が一本、また一本と、光の粒子となって霧散していく。瞬間に解き放たれたのは、この世のあらゆる穢れを焼き払い、同時に触れるものすべてを絶望的な孤独へと誘う、あまりに清烈で重厚な魔力であった。


 その光景に呼応するように、オリビアが手にした聖剣を正眼に構える。彼女はハンターランク第一位に君臨しながら、その契約悪魔の姿を一度として公衆の面前に晒したことがないことで知られている。


 彼女の全身から立ち昇る魔力は、当初は猛々しい真紅の炎であったが、次第にその色彩を失い、温度のみを極限まで高めた『真炎』――視認することすら叶わぬ透明な劫火へと変貌を遂げる。


(噂は真実だったようですね……)


 バビロは傍らで、その不可視の炎が空間を歪める様を視界に捉え、戦慄した。


 幼き頃、バビロが師として教え導いていた頃のオリビアには存在しなかった、今の彼女の背後に揺らめく影――姿を持たず、ただ熱の概念そのものとして顕現する特級悪魔の気配。その力は、間違いなくイフリートという巨悪に対峙し得るだけの、苛烈な破壊を秘めていた。


 反対側では、ジレッタが自身の内側に宿る影と対話していた。


「アヌビス、行くわよ。私たちのすべてを、あの魔神に叩き込むの」


『――我が主よ、承知した。魂の拍動を私に預けてください。死の裁きを執行しましょう』


 ジレッタの影が不自然に伸び、漆黒の魔力が彼女の四肢を強化していく。契約悪魔アヌビスは姿を現すことはない。その代わりに、主であるジレッタと魔力的、身体的な機能を完全に同期させることで、一個の人間としての限界を遥かに超越した、死神の如き機動力を彼女に与えていた。


 五つの強大な意志が、一点の獲物――イフリートを包囲する。


 だが、その中心に鎮座する魔神の視線は、ただ一点、リアムが握る刀に釘付けにされていた。


「……その、(おぞ)ましいまでの透明な輝き。……まさか、あり得ぬ」


 イフリートの声音から、初めて余裕の響きが消えた。溶岩を煮え立たせる双眸(そうぼう)が、警戒と、ある種の忌まわしき記憶に対する嫌悪に染まる。


「なぜ、その力がそこにある。……なぜ、貴様のような猿が、『アイテリエル』を飼っている」


 アイテリエル。


 かつて魔界において、最強を誇った悪魔皇帝ですら不可侵を貫くしかなかった深淵の悪魔。あまりに膨大で高純度な魔力を有するがゆえに、彼女の周囲には草一本、塵一つすら存在を許されず、近づくものすべてを無に帰した。それゆえに、彼女は魔界で最も恐れられ、『世界で最も孤独な悪魔』と蔑まれ、崇められていたのだ。


 イフリートもまた知っていた。その孤独な悪魔は、百年戦争にて悪魔皇帝と相打ちになり、命を落としたことを。


 だが、その魂の欠片が、あろうことか契約悪魔として、恋人として、かつての契約者であるリアムを守るためにその身を魔剣へと変え、今、己の前に立ちはだかっている。


「貴様……奴の魂を、その汚らわしい鉄塊に込めたというのか! 答えろ、小倅(こせがれ)ッ!!」


 イフリートの怒号が戦場を震わせたが、リアムは答えなかった。ただ、愛しき者の温もりを刀身に感じるように、静かに、そして鋭く刃を抜いた。


 アイテリエルの魔力が、透明な真炎が、銀竜の冷気が、死神の如き闘気が、一斉にイフリートを圧迫する。


 さすがの魔神も、ここに至って悟らざるを得なかった。目の前にいるのは、もはや遊び相手となる羽虫ではない。自らの不滅を終わらせ、永遠の闇へと引きずり込みかねない、真なる『脅威』であると。


「よかろう……。認めようではないか。貴様たちは、この俺が全霊を以て、その根源ごと消し去らねばならぬ敵であることを」


 魔神が四本の腕を横一文字に広げた。


 その瞬間、世界が悲鳴を上げた。


 イフリートの心臓部から、絶望そのものを具現化したような漆黒の魔圧が溢れ出す。それは周囲の溶岩を黒く染め、天を覆っていた白煙を焼き払い、宇宙の深淵に似た暗黒の劫火となって溢れ出した。


「刮目せよ。これこそが、数万の魂を糧に練り上げた、不滅の魔神の真なる権能――『終末の紅(パンデモニウム)蓮城(フレア)』だ」


 イフリートの肉体が膨張し、その背後に巨大な、あまりに巨大な炎の巨像が浮かび上がる。地表は瞬時に溶解し、バビロたちが立っていた大地さえも、魔神の吐き出す魔圧だけで分子レベルまで分解され始めた。


 それは、生命の生存を一切拒絶する、絶対的な破壊の領域。


「来い、猿ども。貴様たちの執念が勝つか、我が絶望が勝つか……地獄の底ですら足りぬ戦いを見せてやろうッ!!」


 神話の終焉を超える、空前絶後の激闘。


 その火蓋が、漆黒の炎と純白の光の激突によって、今、切って落とされた。


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