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葬霊の鞘と銀の月 ―百年戦争の残滓― 〜神を喰らう魔剣と、奇跡を紡ぐ少女〜  作者: ウィースキィ


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第63話 突破口


 戦場を俯瞰するオリビアの瞳は、極限の熱波に晒されながらも、凍てつくような冷静さを保っていた。


 視線の先では、リアムが鞘に収めたままの刀でイフリートの猛打をいなし、ジレッタが針の穴を通すような刺突で魔神の注意を逸らしている。その背後、岩陰で放たれていたルナの薄緑色の光が収束したのを確認し、彼女は短く息を吐いた。


「準備は整ったようだな……。リアム、ジレッタ! 散開しろ! これより一気に畳み掛ける!」


 『鉄血の聖女』と謳われる第一位の実力者が放つ号令は、混迷を極める戦場に明確な一本の楔を打ち込んだ。リアムは風を切り裂くような身のこなしで後退し、ジレッタはレイピアを翻して魔神の死角へと回り込む。


 対する魔神イフリートは、胸部をリアムに抉られ、四肢をジレッタに貫かれながらも、不敵な笑みを崩してはいなかった。傷口からはどす黒い炎が溢れ出し、肉体を瞬時に再構築していく。その態度は、深手を負った者のそれではない。積み木を崩そうとする無邪気な子供を見守る、残酷な大人の余裕そのものであった。


「ククク……羽虫なりの連携か。悪くない、実に退屈を紛らわすに相応しい動きだ。だが、その程度の牙でこの『不滅の座』に届くと思っているのか?」


 イフリートの嘲笑を、オリビアは冷徹な分析で受け流した。彼女は知っていた。目の前の魔神が、なぜこれほどまでに傲慢でいられるのか。その知識は、かつて人類の守護者たるルフェル大総統が残した禁忌の記録に由来する。


(ルフェル大総統が討伐を断念し、封印を選ばざるを得なかった理由……。それは単純な武力の多寡(たか)ではない。この魔神の底なしの『貯蔵量』にある)


 イフリートは狡猾であった。封印される遥か以前より、彼は繁殖能力の高い人間に、代々継承される凄惨な呪いを施してきた。その呪いを受けた女性は十四歳で魂を奪われ、魔神の糧となる。捕食は、封印されていた間も絶えることなく続けられていたのだ。


 今、目の前に立つイフリートは、封印前よりも遥かに膨大な、数万の魂を圧縮した魔力の塊と化している。その莫大な魔力を、彼は攻撃のみならず、自らの細胞一つ一つの再生に湯水のごとく注ぎ込んでいるのだ。


(これほどまでの魔力貯蔵量があれば、致死の一撃すらも『なかったこと』にできる。まさに、終わりのない再生。これが魔神の不死性の正体か)


 オリビアは唇を噛み、瞬時に二つの『勝利への路』を導き出した。


「リアム、ジレッタ。聞け! 奴を討つ方法は二つだ」


 激突する魔力と熱波の轟音の中で、彼女の声は鋭く響く。


「一つは、リアム。お前の魔剣に宿る『アイテリエル』の力を完全に解放し、その純白の刃で奴の核を直接消滅させること。聖なる特効を以て、奴の魔力再生を上回る崩壊を叩き込む」


 リアムの持つ刀には、その身を隠す封印が施されている。それを解けば、魔神といえど無事では済まない。


「もう一つは、単純な物量作戦だ。奴の再生速度を、我ら全員の猛攻が上回るまで叩き続け、魔力貯蔵を底突かせた瞬間に核を粉砕する。どちらにせよ、まずは奴を覆う強固な魔力の鎧を、全員の連携で剥ぎ取らねばならん。……とどめは、リアム。お前が刺すのが最も確実だ」


 その提案に対し、リアムとジレッタは、示し合わせたわけでもなく即座に首を横に振った。


「どちらも却下だ。オリビア」


 リアムはニヤリと不敵に笑い、背後の空を仰いだ。


「とどめを刺すべき者は、俺じゃない。ここで俺が格好をつけても、一生バビロさんの小言を聞かされる羽目になる」


「そうです! これは、バビロさんとハルファスの……あの二人の、五十年の執念が決着をつける戦いなのだから。横から奪うなんて、騎士道に反するわ!」


 ジレッタもまた、強い眼差しで言い切る。彼女にとってバビロは、かつての伝説であり、目標とする『銀鱗』の英雄なのだ。


 オリビアは一瞬、呆れたように目を見開いたが、すぐに微かな笑みを浮かべた。


「……フン、相変わらずのお人好しどもめ。いいだろう。ならば方針を決定する。我ら若造三人は、全力でバビロとハルファスの『道』を作る! 奴の防御を紙屑同然に引き裂き、二人の一撃を核へ叩き込ませるための、捨て石となれ!」


「「了解!!」」


 三人の意志が、一つの熱塊となって凝縮されたその瞬間――頭上から、大気を凍てつかせる壮絶な咆哮が降り注いだ。


 白銀の閃光が空を裂き、再生を終えた銀竜ハルファスが、再び戦場へと舞い戻る。その背には、魔剣セレスティアルを正眼に構えたバビロの姿があった。


 ルナの治癒魔法によって癒やされたバビロの全身からは、先程までとは比較にならない、静謐にして鋭利な殺気が立ち昇っている。


「……お待たせしましたな、皆さま。年寄りの休憩にしては、少々長すぎたようです」


 バビロの声は、穏やかでありながらも、地獄の底を冷やし尽くすような凄絶な決意を孕んでいた。


「ハハハ! まだ死んでいなかったか、ハルファス! そして老いさらばえた猿よ。羽虫が増えたところで、結末は変わらぬというのに!」


 イフリートが四本の腕を大きく広げ、周囲の溶岩を渦巻かせる。その中心で魔神は依然として勝利を疑わず、全知全能を気取って笑う。


 だが、バビロはもはや揺らがなかった。


 彼は眼下で道を拓こうとするリアムたち三人の背中を、そして足元で共鳴する相棒の鼓動を感じ、静かに剣の柄を握り直す。


「……イフリート。貴様は自らの魔力を無限と信じ、(おご)っている」


 バビロの瞳に、銀色の魔力が宿る。


「だが、人の執念を侮るな。五十年の歳月、ただ貴様を滅ぼすためだけに磨き上げたこの一撃……。貴様の貯えが尽きるのが先か、私の命が尽きるのが先か、試してみようではないか」


 銀竜の美しい翼が、絶対零度の冷気を撒き散らしながら広がる。


 オリビアが聖剣を掲げ、リアムが抜刀の構えをとり、ジレッタが闘気を爆発させる。


 神話の再構築――不滅の魔神を打ち倒すための、最初で最後の『奇跡』への挑戦が、ここに幕を開けた。


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