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葬霊の鞘と銀の月 ―百年戦争の残滓― 〜神を喰らう魔剣と、奇跡を紡ぐ少女〜  作者: ウィースキィ


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第60話 紅蓮と白銀


 天地を分断せんとする紅蓮の熱波に対し、白銀の魔竜はその巨大な双翼を力強く翻した。


 ハルファスの全身を鎧う銀鱗が、内側から溢れ出す膨大な魔素によって白熱し、周囲の空間そのものを瞬時に静止させる『絶対零度』の波動を放散し始める。


「焼き尽くしてみろ、火種。だが――我が永久凍土をそう安々と溶かせるとは思うなよ」


 ハルファスが天を仰ぎ、その顎を裂けんばかりに大きく開いた。喉の奥に凝縮されるのは、魔界の深淵にのみ停滞する極北の魔力。


 刹那、放たれたのは単純な破壊の光線ではない。世界の熱力学的な推移を強引に凍結させる咆哮――『銀竜の息吹(ダイヤモンド・ブレス)』であった。


 正面から激突する、神話級の紅蓮と白銀。


 本来、決して相容れぬ二つの属性が正面から噛み合い、爆発的な蒸気の渦と、物理法則を嘲笑うかのように凍結した『火の結晶』が虚空に飛散する。イフリートが全方位に展開していた攻防一体の城壁『焔の城壁』の一角が、ハルファスの執念に呼応した冷気によって強引に冷却され、極薄の硝子細工のごとく危ういひび割れを晒した。


 その刹那に生じた微細な亀裂を、バビロの老練な眼が見逃すはずもなかった。


(――今だ)


 老いた執事の姿がかき消える。否、あまりの加速に観測者の視覚が追いつかず、その存在そのものが因果の隙間に滑り込んだのだ。


 ハルファスが命を削って切り拓いた、白銀の霜が降りしきる一筋の突撃路。そこを、バビロは一閃の銀光となって駆け抜けた。


「……おおおおおッ!」


 バビロの手中に握られた銀の細剣――『魔剣セレスティアル』が、千の残像を伴って魔神の懐へと躍り出る。


 『千の銀閃(サウザンド・レイ)』。


 それは五十年の歳月、ただ一点の憎悪と至純の愛を研ぎ澄まし続けた結果、神速の領域さえも踏み越え、事象の確定すら断ち切るに至った絶技であった。


 一秒にも満たぬ刹那の間。静寂を切り裂く硬質な金属音が数千回重なり合い、地を揺らす一つの轟音と化す。


 イフリートの燃え盛る皮膚を、銀の軌跡が縦横無尽に走り抜け、その分厚い魔力の障壁を紙細工のごとく無慈悲に切り裂いていく。


 ドサリ、という内臓に響くような重苦しい音がした。


 イフリートが誇る四本の腕のうち、右側の二本が、その付け根から鮮やかに断たれ、煮え立つ溶岩の土俵へと転がり落ちる。


 切り口からは血の代わりに禍々しい黒炎が噴き出したが、それさえも瞬時に凍てつく銀の霜に封じ込められ、魔神の超常的な再生を阻害した。


「……ほう」


 イフリートが、低く、愉悦を孕んだ声音を漏らした。


 腕を奪われた痛みなど微塵も感じていないかのように、魔神は自らの欠落した部位を冷淡に一瞥する。


「ただの小蝿かと思ったが、どうやら少しばかり骨のある『猿』であったようだな。我が城壁を喰い破り、肉を削ぐか。よかろう、戦士としての礼を失したことを、ここで詫びてやろう」


 直後、切断された腕の断面から、猛烈な熱を帯びた粘濁(ねんだく)した溶岩が噴き出した。


 銀の霜を瞬時に蒸発せしめ、赤黒い物質が脈動しながらうねり、再構築されていく。瞬きをする間もなかった。そこには、何事もなかったかのように完璧な形状を取り戻した、凶悪な四本の腕が再び揃っていた。


 バビロは着地と同時に、せり上がる鮮血を強引に飲み下した。たった一度の全霊を賭した攻勢。ハルファスとの完璧なまでの連携を以てしても、得られた果実は『認識を改めさせた』という、あまりに少なすぎる対価に過ぎなかった。


「肩慣らしは終わりだ。次は――俺の番だな?」


 イフリートの瞳に宿る炎が、鮮烈な深紅から、見る者の魂を侵食するような禍々しい黒紫へと変色する。


 次の瞬間、世界の色彩が消失した。


 魔神が四本の腕を頭上で幾何学的に交差させたかと思うと、そこから放たれたのは、熱という概念すら超越した『原子の崩壊』そのものの波動であった。


「――バビロ、下がれッ!」


 ハルファスがその巨躯を強引に割り込ませ、銀の双翼を幾重にも折り畳んで盾となり、バビロを庇う。


 轟炎が世界を舐め尽くした。


 盾となったハルファスの誇り高き銀鱗が、悲鳴を上げて剥がれ落ち、蒸発していく。バビロはその背後でハルファスの魔力を自らの剣へと転化し、透過してくる熱線を死に物狂いで切り払うが、防ぎきれぬ余波が全身の皮膚を焼き、肺の奥まで焦熱が侵入する。


「ぐ、ふ……ッ!」


 バビロの右肩が熱膨張によって爆ぜ、鮮血が赤い蒸気となって舞う。ハルファスもまた、その壮麗な翼の半分を無残に焼かれ、憤怒と苦悶が混ざり合った咆哮を上げた。


「……ハ、ハルファス……!」


「案ずるな、まだ、魂までは折れてはおらん……だが、今の攻撃は……」


 一度、大きく距離を取り、二人は煮えたぎる古戦場の外縁へと着地した。バビロは膝をつきそうになるのを、剣を杖にして辛うじて堪える。その呼吸は肺腑を焦がすように荒く、全身から立ち昇る白煙が、負ったダメージの深さを残酷なまでに物語っていた。


 前方には、微動だにせず、ただ底知れぬ愉悦を湛えてこちらを眺める魔神。


 イフリートは未だ、本気の一端すらも見せていない。それどころか、先程の腕の切断ですら、彼にとっては『退屈を紛らわす余興』に過ぎなかったのだ。


(……底が知れませんね。特級上位という階位が、これほどまでに絶望的な深淵であったとは……)


 バビロは震える指先で剣を握り直した。


 五十年の歳月、考え得る限りの死線を想定し、最強の相棒と契約を交わし、数多の生贄を捧げてまで整えた復讐の舞台。それでもなお、魔神の力は想像を数段上回っていた。かつてルフェル大総統が討伐を諦め、封印という『先送り』を選んだ理由を、今、この身に刻まれる激痛を以て理解させられている。


「ハルファス、まだ行けますか」


「愚問を……。だが、力押しでは届かぬぞ、バビロ。あの火種の魔力は無限に等しい。再生の速度を凌駕する一撃か、あるいは――」


「ええ、分かっています。……計画を『最終段階』へ移行しましょう。イフリートが我々を、殺し甲斐のある『戦士』として認め、遊び始めた今こそが、唯一の好機です」


 バビロの瞳の奥底に、再び静かな、しかし決して消えることのない執念の火が灯る。


 ダメージは深刻だ。体力的にも精神的にも、残された時間は砂時計の最後の一粒にも等しい。だが、彼らの辞書に『敗北』の文字は最初から刻まれていなかった。


 対峙する魔神は、退屈そうに指を鳴らした。


 その指先一つで、再び大地から巨大な火柱が噴き上がる。


 神話の再構築は、ここからが真の本番であった。バビロとハルファスは、互いの魂をさらに深く、根源のレベルで共鳴させ、底知れぬ魔神の深淵へ次なる死の一撃を打ち込むべく、密やかに、そして苛烈に計画を再編し始める。


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