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葬霊の鞘と銀の月 ―百年戦争の残滓― 〜神を喰らう魔剣と、奇跡を紡ぐ少女〜  作者: ウィースキィ


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第61話 激闘の始まり


 灼熱の暴風が『凍てついた古戦場』を無慈悲に蹂躙し、かつての銀世界は、どろりと溶けた大地の脂――溶岩が不気味な泡を吹く焦熱の地獄へと変貌していた。


 満身創痍の銀竜ハルファスは、焼け爛れ、折れかけた巨翼を盾としてバビロを庇い、その背後で老執事は血に塗れた愛剣を杖代わりに、辛うじてその魂を現世に繋ぎ止めている。魔神イフリートが四本の腕を天へと掲げ、終焉を告げる極大の火球を凝縮せんとした、その刹那のことだった。


「総員、展開しろッ!!」


 凛烈たる号令が戦場を貫くと同時に、四方から放たれた極光の鎖が虚空を縫い、イフリートが放つ凶悪な熱波を強引に相殺した。


 白銀の閃光を切り裂き、死地へと躍り出たのは、軍服の外套を苛烈に翻すオリビアを先頭にした四つの影。リアム、ジレッタ、そして小さな体に不退転の決意を秘めたルナが、肺腑(はいふ)を焼くような焦熱の渦中へと降り立った。


「……皆さんが、なぜ、ここに」


 バビロの掠れた声に、戦慄にも似た驚愕が混じる。


 彼がリアムたちの顔を視界に入れた瞬間、脳裏を過ったのは、この復讐のために自らが手を染めた非道な計略の数々であった。四百人の死刑囚を駒として盤上に並べ、四人の無垢な少女を儀式の礎として捧げた冷徹な采配。そのすべてを、ここにいる面々が知り尽くしていることは、もはや疑いようもなかった。


「……私の足跡を辿ってここまで来たのなら、私が何を成し、何を犠牲にしたか……すべて知っているはずです。私は、貴方たちの信頼を……テトラ様の願いを裏切りました。私は救う価値などない、業の深き大罪人です」


 喉の奥から絞り出すような、絶望の吐露。だが、それを受け止めるリアムの表情は、驚くほど平坦で、どこか年長者の意固地さを憐れむような色を帯びていた。


 沈黙を破り、まずはオリビアが先手を打つ。


「……勘違いするな。これは単なる任務だ。封印を破りしハルファスを追跡した結果、その傍らにたまたま、無様にへたり込んだ貴様がいただけのこと。ただ、それだけだ」


 オリビアはあからさまに顔を背け、無愛想に言い放つ。だが、愛剣の聖剣を握りしめる彼女の指先は、隠しきれぬ再会の喜びと、危うい均衡で保たれた安堵に微かに震えていた。


 すかさず、隣に立つリアムが口端を皮肉げに吊り上げ、茶化すような笑みを浮かべる。


「だってさ、バビロさん。道中、あなたの安否を気にするあまり、ハンターランク第一位にして『鉄血の聖女』と恐れられるオリビア・フローレンス様とは思えないほど、情緒不安定でいらっしゃったくせに。……なあ、オリビアさん?」


「貴様……余計な口を叩くなと教えたはずだ! その首、ここで撥ねてやろうかッ!」


 顔を林檎のように真っ赤にして激昂するオリビアを軽くいなし、リアムはバビロへと真っ直ぐな視線を向けた。その瞳には、糾弾も軽蔑もない。ただ、目の前の神話級の難敵を見据える戦士の、純粋な輝きだけがあった。


「事情や経緯、あなたの背負った罪の話は……全部、このデカブツを片付けてからゆっくり伺いますよ。今は――ただの仲間として、共に戦いましょう。それとも、稀代(きだい)の老兵はもうお休みですか?」


「……まったく、貴方方のお人よしには、いつも驚かされますよ」


 バビロの蒼白な唇に、自嘲気味ながらも確かな力が宿る。


 リアムはさらに、隣で得物を構えるジレッタに視線を投げ、悪戯っぽく囁いた。


「さあ、行きましょうか。ねえ――『銀鱗のジレッタ』さん?」


「ちょ、ちょっと! あんた、ここでそれを言うの!? バビロさんにバレるじゃないッ!」


 ジレッタが顔を火照らせて抗議する。バビロがかつて背負った伝説の二つ名、『銀鱗』を継ごうと密かに誓っていた彼女にとって、本人の前でそれを暴露されるのは、万死に値する気恥ずかしさであった。


 バビロは一瞬、きょとんとした表情を浮かべたが、やがて彼女の内に宿る継承の覚悟を悟り、慈しむように目を細めた。


「……ほう。私の名を継ごうとする者が、これほど勇猛な乙女であったとは。……光栄ですよ、ジレッタ様」


「あ、ありがとうございます……! でもリアム、あんたは後で絶対許さないんだから!」


 絶望の底にあった戦場に、一筋の清風が吹き抜けたかのような、緩やかな空気が流れる。


 だが、その微かな安らぎを、圧倒的な質量の殺意が塗り潰した。


「――茶番は、その程度で満足か? 羽虫ども」


 頭上から降り注ぐ、氷をも蒸発させる苛烈な声音。


 魔神イフリートは、指先で生成した火球を弄びながら、四本の腕を優雅に組み、彼らを見下ろしていた。その双眸(そうぼう)には、あえて彼らの合流を待っていたかのような、傲岸不遜(ごうがんふそん)な余裕が溢れている。


「矮小な種族同士の傷の舐め合い……実に退屈な余興であった。だが、獲物が増えるのは歓迎しよう。一度にまとめて炭化させる方が、掃除の手間も省けるというものだ」


 イフリートが指先を鳴らした瞬間、周囲の溶岩が意思を持った大蛇のように跳ね上がり、リアムたちを包囲する絶望の檻を形成した。


「……話は終わったようだな。ならば、死ね」


 緩い雰囲気は一瞬で消え去り、大気が激しく震動する。


 リアムが鞘に収まったままの刀の柄に指をかけ、オリビアが極光を宿した聖剣を抜き、ジレッタがレイピアを鋭く構える。ルナは祈りを捧げるように淡い光を放ち、バビロとハルファスの傷を癒しながら、全員が限界を超えて立ち上がる。


 まさに神話の再来――ここからが、命を賭した真の激闘の始まりであった。


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