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葬霊の鞘と銀の月 ―百年戦争の残滓― 〜神を喰らう魔剣と、奇跡を紡ぐ少女〜  作者: ウィースキィ


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第52話 はい! 頑張って調査しましょう!


 降りしきる雪は、瓦礫の山と化した大聖堂跡地を静かに埋め尽くしていく。オリビア・フローレンスが纏う凛烈な覇気は、舞い散る雪片さえもその身に触れる前に弾き飛ばしているかのようだった。


「ハンターの頂点ともあろうお方が、山盛りの書類仕事だけでなく現場の泥臭い調査にまで来るなんて、同情を禁じ得ないよ」


 リアムが嫌味たっぷりに呟くと、眉をひそめたオリビアが即座に食いついた。


「……書類仕事だと? 二度も言いよって、嫌味か? 軍の失態を肩代わりして泥を啜るような真似をしている暇など、本来は欠片もないのだ」


 オリビアは忌々しげに吐き捨て、凍てつく空気を鋭い視線で切り裂いた。


「いいか、リアム。貴様には忠告しておく。今、帝都はかつてない混迷の渦中にある。……凶悪犯罪者、いや、極刑を待つばかりだった死刑囚ども四百名という、膨大な数の脱獄を許したのだ。その尻拭いのために、我らハンター協会までが軍の無能な犬となって捜索に駆り出されている。協会内はてんやわんやの地獄絵図だ。……これ以上、私に余計な面倒事を増やしてくれるなよ」


 四百名もの死刑囚の脱獄。その衝撃的な数字に、リアムは眉間に深い皺を刻んだ。


(あの件、そんなに大量の脱獄だったのか。それはまた……ご愁傷さまだな。協会も軍も、しばらくは不眠不休か)


 リアムは肩をすくめ、吐き出した白い息と共に言葉を返す。


「わかってるよ。こっちはこっちで、どうしても気にかかる謎を追っているだけだ。大人しくしているし、あんたの手を煩わせるような真似はしない。……多分な」


「その『多分』が信用ならんのだ、貴様という男は」


 オリビアは鼻を鳴らすと、視線をリアムの隣に立つジレッタへと移した。鋼のような鋭い双眸(そうぼう)が、ジレッタの立ち居振る舞いを一瞥し、わずかにその厳しさを和らげる。


「ジレッタ・フェネビスだな。お前の活躍は逐一報告を受けている。あのアーベルット伯爵邸の惨劇を食い止め、特級悪魔の脅威を退けた功績は大きい。それに最近は、そこのランク圏外の落ちこぼれハンターを上手く手懐けて依頼をこなしてくれていることにも、組織として感謝しているぞ。……近々、お前のランクを七位から五位へ昇格させる予定だ。五位以上は帝都の盾としての責任も重くなる。今後も精進せよ」


 その言葉に、ジレッタは一瞬だけ呆然としたように目を見開いた。だが、すぐに頬に紅潮を浮かべ、背筋を真っ直ぐに伸ばして一礼する。


「はい……! 過分な評価、痛み入ります。今後も協会の期待に応えられるよう、この身を賭して頑張ります」


 誇らしげに返事をするジレッタを見て、オリビアは短く頷いた。


 そして最後、去り際にリアムへと向き直り、どこか投げやりな、しかし確かな意図を含んだ声音で捨て台詞を投げた。


「そういえば、どこかの不届きな名誉貴族もどきのハンターのせいで、ランク三五二位に欠番が出た。……リアム、お前をそこに据えておいた。私の権限だ。異論は認めん」


 そう言い放ったオリビアの視線が、リアムの影に隠れるようにしていたルナへと向けられる。


 ルナの背中が、ピクリと小さく跳ねた。


 かつて野良の悪魔として帝都を彷徨っていた頃、この『鉄血の聖女(オリビア)』に殺されかけた記憶は、彼女の魂に深い恐怖として刻まれている。ルナは怯えたようにリアムの外套の裾をぎゅっと握りしめた。


 オリビアはそんな彼女を憐れむでもなく、ただ冷徹に見据えた後、リアムに視線を戻す。


「……せいぜい、その悪魔……いや、ルナにちゃんと飯を食わせてやることだな」


 それだけを言い残し、赤髪を翻したオリビアは、音もなく雪の向こうへと消えていった。


「……いらんことを。相変わらず恩着せがましい奴だ」


 リアムは毒づくように呟いたが、その瞳に冷たさはなかった。


 オリビアが強引に自分をランク三五二位にねじ込んだ理由。それは、無位無冠のままでは最低限の報酬しか得られず、公的機関の援助や公的な守護制度も利用できないハンターの法制度を考慮してのことだ。


 経済的な基盤を与え、リアムに余裕を持たせることで、彼の傍にいるルナの生活をも守らせようとした――彼女なりの、ひどく不器用で分かりにくい慈愛であることを、リアムは痛いほど理解していた。


「いきなりランク三百番台なんて、凄いじゃない、リアム! 普通のハンターが数年、いえ、数十年もかけて必死に這い上がる壁を、一っ飛びだわ。……まあ、本気を出したあなたの強さはトップランカー以上だって分かっているけれど、それでもこの待遇は破格よ」


 ジレッタが興奮気味に肩を叩いてくる。リアムは「やれやれ」と首を振った。


「経済的に助かるのは事実ですけど、あれは『もっと馬車馬のように働け』って意味ですからね。ああ、俺の穏やかな日々が……。と、それは置いといて。調査を続けましょう。オリビアの話と、あの老人の話で、さらに謎が深まりました」


 リアムは周囲の瓦礫を見渡した。


「元の住人たちは、『フードの者』に金を与えられ、全員が無事に避難していた。だというのに、あの日ここには山のような死体があった。……住人以外の『誰か』が、これほど大量に犠牲になったということです。生贄にされた数百名近い人間……それが一体誰なのか、そしてどこから連れてこられたのか……」


(ん……? 数百名の犠牲者……脱獄した四百名の死刑囚……もしかして……)


 脳裏に、オリビアが漏らした『四百名の死刑囚』という言葉が過る。だが、その因果を繋げるには、まだ決定的なパズルのピースが足りない。


「とりあえず、まずは情報の裏付けです。ハンター協会の資料室に行きましょう。あの日、現場から収容された被害者の身元データを洗います。それから、ネイスが最後に接触していた人物のリストも探しましょう」


「わかったわ。私の権限も使えば、閲覧できる機密書類も増えるはずよ」


 ジレッタが力強く頷き、ルナもリアムの手を握り直して力強く「はい! 頑張って調査しましょう!」と答えた。


 雪はますます激しく降りしきり、大聖堂の廃墟を白一色に塗りつぶしていく。隠蔽された真実を掘り起こすべく、三人は帝都の心臓部、ハンター協会へと向かって歩み始めた。


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