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葬霊の鞘と銀の月 ―百年戦争の残滓― 〜神を喰らう魔剣と、奇跡を紡ぐ少女〜  作者: ウィースキィ


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第51話 ルナもどこへでもついて行きます!


 帝都を白銀の静寂で包み込む初雪が降り始めてから、さらに二週間の月日が流れた。


 石畳に積もる綿雪は、行き交う人々の足音を柔らかに吸い込み、街全体を穏やかな眠りへと誘っているかのようだ。


 だが、リアムの事務所の扉を一枚隔てた内側には、外の冷気を一瞬で霧散させるほどの熱気が満ちていた。


「――遅いわよ、リアム! 雪の重さに足を取られてるんじゃないわよ!」


 事務所の裏庭。降り頻る雪を切り裂き、乾いた金属音が冬の空気に鋭く響き渡る。


 ジレッタはあの日以来、当然のようにこの場所に居座り、今やリアムと背中を預け合う『相棒』として、数々の高難度依頼を共にこなしていた。


 ハンターランク七位の彼女が放つ、天賦の才に裏打ちされた鋭い剣技は、リアムが得意とする今は亡き東国の島国に伝わる独特の操剣術と完璧な噛み合わせを見せ、帝都のハンター界隈でも無視できない戦果を挙げ始めている。


「わかってますよ……。ジレッタさんの速度が、一週間前よりさらに上がってるだけでしょう」


 かつて百年戦争を戦い抜いた英雄も、今は絶賛運動不足の身。リアムは肩で息をしながら、気だるげに木剣を構え直す。その鍛錬の様子を、窓越しにルナが楽しげに眺めていた。


「リアムさま、頑張ってください! ジレッタさん、もっと厳しくやっちゃってください!」


「ルナはどっちの味方なんだ……」


 ルナは今やジレッタを実の姉のように慕い、二人の仲は本当の姉妹と見紛うほどに深い。その光景は、一見すればどこまでも平穏な日常の一幕であった。


 しかし、リアムの胸中には、降り積もる雪のように静かに、けれど確実に『未解決の謎』が沈殿していた。


 ネイスは捕まった。だが、あの老執事バビロは何者だったのか。そして、あの日消えた魔神『イフリート』の強大すぎる魔力は、一体どこへ霧散したのか。その疑問が、呪いのように頭から離れない。


「ジレッタさん、ルナ。……少し、付き合ってくれませんか? 貧民街を調査したいんだ」


 溢れ出す焦燥感に突き動かされたリアムの提案に、ジレッタは剣を鞘に収め、濡れた前髪を美しい所作でかき上げた。


「……バビロさんとイフリートの件ね。貴方のその性格だもの、いつ言い出すかと思ってたわ」


「リアムさまが気になるなら、ルナもどこへでもついて行きます!」


 二人の快い返事を受け、リアムはほんの少しだけ照れくさそうに口角を上げた。


 そして一行は、雪降る帝都の影――貧民街の最奥へと足を踏み入れた。




◆◇◆◇◆◇




 かつての亡国で『聖域』と呼ばれた大聖堂跡地。そこは魔神復活の儀式が行われた因縁の場所であり、今は崩落した石柱と積雪だけが横たわる、死した静寂の廃墟であった。


 儀式の影響により、周辺の住人たちは生贄として強制的にその魂を排除され、累々と横たわっていた死体は軍によって片付けられたはずだった。


 人影一つない瓦礫の山を調査していたリアムたちが、煤けた壁の影に差し掛かった時である。


「おや……。あんたさんたちは、協会の役人かい? それとも軍の方かな?」


 不意に背後から声をかけられ、リアムは反射的に腰の鞘に手をかけた。


 だが、そこに立っていたのは、泥に汚れた綿入れを羽織った初老の男性だった。身なりこそ貧しいが、その瞳にはここに住み慣れた者特有の落ち着きがある。今まさに、自分の住処へ戻ってきたかのような自然な佇まいだった。


「いや、俺たちはただのハンターです。ここは一般人は立ち入り禁止だったはずですが、あなたは?」


「ああ、そうらしいねぇ。だが、わしはここに何十年も住んどるんでな。ほとぼりが冷めたかと思って様子を見に来たのさ」


 男性は吐き出す息を白く凍らせながら、懐かしそうに大聖堂の残骸を見つめた。リアムはその男性に、あの日何が起きたのかを問いかける。


「儀式が行われた時、貴方はどこにいたんですか? この一帯では、古代の術式によって多くの人が亡くなっています。長く住んでいたのなら、その惨状をご存じのはずですが」


 すると、男性は意外そうに首を横に振った。


「その話は聞き及んでいるよ。でもな、その儀式とやらが行われる前に、わしたちを動かした、ある『御仁』がいたのさ」


「ある御仁、ですか?」


「ああ。ある日突然、深いフードで顔を隠した者が現れてな。一人一人に、当面の生活には困らんほどの大金を手渡したんだよ」


「……お金を? このあたりに住む人、全員に渡したというの?」


 ジレッタが眉をひそめて割り込む。男性は重々しく頷いた。


「ああ。別の地区の貧民街へ移動するなら、この金を差し上げよう……とな。乱暴な真似は一切されんかった。おかげで、この一帯の住人はみんな、争うこともなく別の場所へ移ったのさ。わしのように、ここを離れがたくて戻ってきちまうのは変わり者だけだよ」


 続けて老人は、さらに謎を深める事実を口にした。


「だから、このあたりに住んでいた者は全員、他の貧民街へ無事に移り住んどる。わしはここが長いからな、住んどる奴らの顔はみんな覚えとるよ。……死んだ奴なんて、一人もおらんさ」


 リアムの背中に、氷のような汗が流れた。


 ネイスの目的は非道な実験と略奪だ。貧民に施しをして平和的に退去させるような殊勝な真似をするはずがない。ならば、その『フードの者』とは一体誰の差し金か。そして、本来の住民が無事だったのだとすれば、あの日、儀式の生贄として山積みになったあの死体たちは、一体『誰』だったのか。


(まさか、バビロさんが何かしたのか? 彼はネイスの計画を『盤外』から見張り、被害を最小限に抑えるべく住民を逃がした……? いや、だとしても、数百を超える死体の説明がつかない……)


 思考の迷宮に迷い込むリアムの背後から、雪を踏みしめる軍靴の硬い音が、一点の乱れもなく響いた。


「――相変わらずだな、リアム。貴様のその、重箱の隅を突くような性分は」


 凛烈な冬の風を孕んだ、聞き覚えのある凛とした声。


 リアムが急いで振り返ると、そこには軍服を思わせる機能美を追求した白い衣装に身を包んだ、凛々しい女性が立っていた。


 燃えるような赤髪を高く一つに束ね、その瞳は鋼のような鋭い光を湛えている。立ち居振る舞いの一つ一つに、帝都の武の頂点としての威厳が宿っていた。


「……オリビアか」


 リアムがその名を呼ぶと、オリビア・フローレンスは忌々しげに鼻を鳴らし、腰の剣に手を置いたまま歩み寄った。


「ハンターランク第一位が、こんな場所まで捜査に来るとはな。協会の書類仕事は片付いたのか?」


「リアム、貴様のような不届き者が勝手な真似をせんよう、わざわざ足を運んでやったのだ。ネイスの事件……解決したと聞いていたが、まだ何か『異物』が残っているようだな」


 オリビアの鋭い視線がリアムを貫き、次いでその腰の鞘へと向けられた。彼女の登場により、雪降る廃墟の空気は一層の緊張を帯びて凍りつく。


 現役最強のハンターとリアム、二人の視線が火花を散らすように交錯した。


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