第六章 告白 ~その弐~
母は部屋に戻っていなかった。
僕は第三隊から離れ、部屋に戻ってきた。何もすることがないので、途方に暮れてしまっている。
テレビはない、マンガもない、おまけはDSがない。携帯音楽プレイヤーに入れてある音楽を聴く気にもなれない。しかも、部屋には時計がないため、いま何時なのかも、あと何時間夕食まで過ごさなければならないのかもわからない。
テーブルの上には、母の分の弁当と、散らかしたままの問題集が置いてある。
眺めやると、「始めてもいいよ」と問題集が訴えかけているように見えたが、「遠慮しとく」とあえて声に出して、裏返してしまった。
太陽殿の中を見学しに行くにも、第一隊がいるはずだから入られないし、神明山に登るためには、付近を散開している第二隊に出くわすかもしれないので行けない。町へ降りるのは、第三隊がいるから無理だしと、どこへも行けない状況になっている。
あぁ~あ、と大きな溜め息をつき、両足を伸ばし、両手を後ろにつき、上体を反らせたまま、ぼんやりと床の間を眺めている。
昨夜から意識的に見ないようにしていたのだが、いま改めて教祖の顔写真を見つめると、唐突に、『天』という文字が、教祖の顔に白抜きで浮かんで見えた。
東海研修所の祭壇の上に、デフォルメされた人型の絵が張ってある。その顔の部分に○がしてあって、中に『天』と記してある。
記憶が目の前の写真とダブったのだ。
浮き彫りになった『天』の文字が消えつつも、僕に囁きかけてきた。
ハッとして、反っていた上半身を戻し胡座をかいた。今のは何なのか、と集中してみる。先ほどの瞬間、閃きがあって、何かを把握したような気になった。
それは、掴めそうなのだけれど掴めきれない。正体を見極めようとすると、スッと身を躱していくものであった。
僕は、いま、『天』の意味を理解できそうになったのだ。なったのだが、すんでのところで逃げられてしまった。そのもどかしさに、のたうち回りそうだ。
悔しくて、もう一度写真を見つめると、教祖は、何かを伝えようとしているのだと、感じられた。
〃私の眼をよく見なさい!〃、と。瞳の中に見えるだろうと。
「見つめられると、自分を失ってしまう」
と母は僕に語った。
だから、信者は教祖の目を見つめることが出来なかったのだ。太陽のような人だから、見つめると自分の目が潰れてしまう、と。結果、教祖が伝えようとしたことは誰も理解することが出来なかったのだと、悟った。
もう一度、気合いを入れて、教祖の目を見つめ返してみる。だが、先ほどと違って、何も感じることはなかった。しょせんは写真だからだと諦める。
高揚していた気分が幾分冷め、視線を落とすと、床の間の小机の上に載せてある一冊の本が目に止まる。
信者なら、どこの家庭にでも置いてある、教祖直筆の本、『告白』だ。当たり前すぎて、その場所にその本が置いてあることをまったく意識していなかった。
僕は膝を擦りながら床の間へ進んでみる。『告白』を手に取る。自宅に十冊は置いてあるが、いままで一度も読んだことがない。開いたことさえない。この部屋に閉じ籠もっている僕は、あり余る時間を消化するため、読んでみる気になったのだ。
『告白』・著者、鳴沢彰・四六判・上製本である。
「歴史上の預言者たちが己の青春時代を語っていれば、歴史は違っていただろう」、という書き出しから始まっている。
幼少期から〃光〃を見るまでの半生が描かれている。
退屈な内容であった。途中何度も読むのを諦めかけたが、この部屋から出られない身であることを鑑み、読み進めていった。
本の内容を要約すると……
鳴沢彰は、1944年、8月3日、岐阜県多治見市に生まれた。
父、秀治は木工所で働いていた。母、みつは内職をしていた。三つ離れた妹、朱美がいる。
四歳の時に、秀治は職場の事故で亡くなってしまう。母、みつは内職をしながら、彰と朱美を育てた。本人曰く、「貧しかったが幸せな生活を送っていた」と。
小学3年生、9歳の時に、母、みつは過労と病で亡くなってしまう。
彰は妹と別れ、叔母夫婦に預けられた。
共働きをしている叔母夫婦にも子供が三人いて貧しく、彰はとても肩身の狭い思いをしていた。
父が亡くなったときのことはぼんやりとしか覚えていないため、それほど悲しみもなかった。しかし、母が亡くなったときは、とても辛く悲しく、棺からなかなか離れられなかった、と記してある。
母の亡骸を前にして、〃いつか人間は死ぬ、みんな離れていくのだ〃、という思いが、子供心に強く刻まれた。
勉学に集中できないこともあり、中学を出ると、叔母夫婦の家を出て、名古屋へ行き、住み込みで働き始めた。
町工場(金属加工)で工員として働いていたが、人間関係のいざこざがもとで、三年で辞めてしまう。
次に、食堂に入り、コックの見習いをする。18歳の頃である。
そこで同僚の女性に恋をするが、告白にいたらないまま終わってしまう。
そこも2年で辞めて、職を転々とする。
24歳になり、印刷会社に入り、腰を落ちつけて働けるようになる。
自分の人生もようやく軌道に乗ったと感じられた頃に、通っていたスナックのホステスに騙されて、貯めていたお金を使い果たしてしまう。そこら辺の経緯は簡単にしか記されていない。
彰は絶望を抱え、あてもなく列車に乗ってしまった。
1974年の1 月、彰、30歳のときである。
本人は、漠然とだが、故郷に帰るつもりであったようだ。名古屋駅から中央線に乗ったのだが、ぼんやりしていたこともあり多治見で降りられず、名も知らぬ駅、どこの駅なのかわからないのだそうだが、慌てて下りたということだ。
信州の小さな駅。
お金もなく、仕事もなく、故郷へ帰ることも出来ず、誰もいないホームで、寂しさと、虚しさと、切なさで胸がいっぱいになってしまい、張り裂けそうなっていたのだそうだ。
その時、彼は、〃光〃を見る。
『その世界は天と地が一カ所に望まれ、地平線は限りなく遠くて近く、雲は金色の淡い光に包まれ、蓮の花のようにまぶしく、空は譬えようもなく深くて蒼い。僕はまるで産湯につかっている赤子のように、生きている痛みも忘れ、素晴らしい良い気分でいた。それはまるで母親の胎内で息づいているような気分だった』
こうも記されている。
『百花の舞。春秋の花が一堂に乱れ咲いたように、ちかちかと赤黄緑と飾りたてる。秋の紅葉と五月の緑が、やわらかな春の日を浴びて、真夏の太陽の光が、海のように、まんだらまんだらと笑い転げている』
僕には、その世界がはっきりとはイメージできない。言葉が無駄に飾り立てられていると感じられ、よけいわかりにくいと思うのだ。それでも、教祖が、素晴らしい世界を覗いてしまったということは理解できる。また、それは真実なのだろうと信じる。
読み飛ばしてしまったが、というより、気に留めなかったことに、その年の正月、田舎の親戚の家に行った際の、〃幼子との邂逅〃というエピソードがある。
親戚の子である、小さな女の子をおんぶして雪道を歩き、水たまりをジャンプした際、長靴の中が濡れてしまったのだ。翌日帰ろうとしたところ、その幼子が寄ってきて、
「お兄ちゃん、ぬれた靴下、乾いたの」と尋ねてきたそうだ。本人は忘れていたことで、にもかかわらず、女の子は覚えていてくれて、心配までしてくれていたのだ。それを聴いたときに、その優しさに激しく打たれたそうだ。
その優しさが恋しいと、教祖は切に願ったのだ。それがあっての、〃体験〃なのだと。
光を見てから、彰は、自分が見たものは一体何だったのかを知るため、あらゆる本を読み始める。
名古屋のアパートを引き払い、長野に何かあると思い、松本市へ引っ越してきて、部屋を借り、寝食を忘れ、ただ水だけを飲み、読みふける。
そして、40日の後、開眼する。
自分は、〃聖霊〃を身ごもったのだと。(あくまでも教祖の言葉である)
自分の体験は、『聖霊体験』であると確信したと。
この場合の聖霊とは、『愛』、でもいいし、『感謝』、でもいいし、『南無阿弥陀仏』でもいいと記されている。
突き詰めれば、〃空〃であると、説いている。
彰は印刷会社に入社し、真面目に働き始める。
世界を綺麗にしたく、ゴミ拾いをはじめる。早朝四時に起き、ゴミを拾って歩くという生活を始める。
そこまでが『告白』に記してある。
僕は『告白』を読破した。
最後まで読んだのだが、教祖が悟った世界はまったく理解できなかった。印象としては、作者である教祖が体験したことを追体験し、振り回され、頭の中が掻き回されたようである。
「読んだぁ~!」と、後ろにひっくり返る。さすがに疲れたのだ。一気に分厚い本を読んでしまった。理解できないところは多かったが、達成感と充足感はある。
少しして、身体を起こし、胡座をかいたまま、いま一度教祖の写真を見てみる。
刹那、〃曼荼羅〃と、浮かんだ。
言葉にすれば、「教祖の目は曼荼羅」なのだ。曼荼羅とは、宇宙の姿を絵にしたものだと理解している。
だから、目を見ればわかると。
ただし、〃自分を無くしてしまう〃、というリスクもあるのだな、と。
僕はそう結論づけて、とても満足した。
ちなみに、『告白』の後半に、彰が光を見た直後に、引用されている文章がある。
『新約聖書・マルコによる福音書・第四章』
聴きなさい、種まきが種をまきに出ていった。まいているうちに、道ばたにおちた種 があった。すると、鳥がきて食べてしまった。ほかの種は土の薄い石地に落ちた。それは土が深くないので、すぐ芽を出したが、日が昇ると焼けて、根がないために枯れてしまった。ほかの種はいばらの中に落ちた。すると、いばらが伸びて、ふさいでしまったので、実を結ばなかった。ほかの種は良い地に落ちた。そしてはえて、育って、ますます実を結び、30倍、60倍、100倍にもなった。
第七章 縁をつなぐ に続く




