第二話 最初の死
第二話 最初の死
草むらが、揺れた。
次の瞬間、異形の魔物が飛び出してきた。
四足の輪郭をしているが、その全身は硬質な殻に覆われていて、裂けた口から覗く不揃いの牙が生き物らしさを歪ませている。
「――っ!」
考えるより先に体が動き、俺は反射的に地面を蹴って逃げ出した。
枝が顔に当たり、足元がもつれそうになりながらも走り続けるが、背後の気配は一瞬で詰まり、その距離が致命的なほど近いことを理解する。
横から衝撃が来た。
「ぐっ!?」
体が宙に浮き、そのまま地面に叩きつけられ、息が強制的に押し出される。
起き上がる間もなく腕に重さが乗り、次の瞬間には殻に覆われた顎が食い込んでいた。
「があああっ!!」
骨ごと締め潰されるような圧力に、引き剥がそうとしても全く動かず、肉が裂ける感覚だけが鮮明に残る。
視界の端に、もう一体。
同じ形の影が滑り込むように近づいてくる。
「――っ!?」
避ける余裕はない。
体が押さえつけられ、背中が地面に沈む。
首元に影が落ちる。
硬い顎が、食い込む。
「……あ」
ここで終わると、理解した。
「……死にたく、ない……」
視界が途切れた。
⸻
気がつくと、俺は森の中に立っていた。
さっきと同じ場所で、同じ空気が流れている。
首に手を当てても傷はなく、体の状態は何一つ変わっていないのに、さっきの出来事だけがはっきりと頭に残っている。
「……戻ってる」
小さく呟く。
理由は分からない。
だが――さっき、確かに死んだ。
それだけは否定できない。
草むらが揺れる。
「――っ!」
考えるより先に体が動き、再び逃げ出す。
だが、結果は同じだった。
回り込まれ、倒され、押さえつけられ――
終わる。
⸻
気がつくと、また森の中に立っていた。
同じ場所。
同じ景色。
「……二回目」
短く呟く。
体は何も変わっていない。
だが、記憶だけが積み重なっている。
草むらを見る。
来るのが分かっている。
それでも――
逃げる。
結果は変わらない。
捕まる。
倒される。
終わる。
⸻
気がつくと、また森だった。
「……三回目」
同じ場所に立っている。
同じ空気を吸っている。
何も変わっていない。
「……いや、違う」
変わっているものがある。
自分の中だ。
さっきの“死”が、消えていない。
腕を噛まれたことも、押さえつけられたことも、全部覚えている。
なのに――
体は元通りだ。
傷もない。
痛みもない。
「……なんだ、これ」
理解が追いつかない。
だが、現実は変わらない。
草むらが揺れる。
視線だけ向ける。
そして――
また、終わる。
⸻
気がつくと、森に立っていた。
「……四回目」
小さく呟く。
足は、まだ動いていない。
草むらも、まだ静かだ。
その場で、止まる。
「……俺は、さっき死んだ」
言葉にする。
否定できない事実。
「それで、ここに戻ってる」
周囲を見る。
何も変わらない景色。
「体は元に戻ってるのに、記憶だけ残ってる」
一つずつ、確認する。
「じゃあ――」
少しだけ、間を置く。
「死んでも、終わりじゃないのか」
誰も答えない。
だが、その結論にしかならない。
草むらが、揺れた。
それでも――
まだ動かない。
「……なら」
ゆっくりと息を吐く。
「どう動くか、決めてから行く」
一歩、踏み出す前に、
思考を整える。




