第三話 変わる一歩
第三話 変わる一歩
草むらが、揺れた。
だが、すぐには動かない。
逃げる前に、考える。
呼吸を整え、視線を固定する。
「……来る」
小さく呟く。
さっきまでの“死”は、確かに現実だったが、今こうして同じ場所に同じ状態で立っている以上、何かが巻き戻っているとしか思えない。
「体は元に戻る……記憶だけ残る」
言葉にして確認する。
痛みも傷もなく、疲労もないまま、転移してきた直後と同じ状態に戻されている。
「環境も同じ……タイミングも同じ」
草むらを見る。
まだ揺れていない。
「つまり、何も変えなければ結果も変わらない」
一度、目を閉じる。
浮かぶのは、繰り返した“死”。
逃げて、捕まって、終わる。
同じ流れ。
同じ結末。
「……考えなしに動けば」
小さく呟く。
「俺は永遠に、転移直後に魔物に襲われて死ぬのを繰り返すだけの、生き地獄をループする」
言葉にした瞬間、それが現実だと理解する。
逃げるだけでは、抜け出せない。
反射で動けば、同じ結果に戻るだけだ。
「……なら」
目を開く。
草むらは、まだ静かだ。
「考えてから動く」
ガサッ、と音が弾ける。
一歩、横へずれる。
飛び出してきた魔物の軌道が、わずかに外れる。
「――っ」
かすめるが、倒れない。
今までなら崩れていた体勢を、ぎりぎりで保つ。
「……違う」
初めて、結果が変わった。
だが――終わりじゃない。
もう一体。
視線を流す。
影が滑り込む。
「そこか……!」
体をひねる。
完全には避けきれないが、肩で受けて踏みとどまる。
足が残る。
そのまま距離を取る。
一歩、二歩、三歩。
包囲から抜けた。
「……は」
息が漏れる。
変わった。
確実に。
――走る。
ただ逃げるためではなく、抜けた先を確かめるために。
木々の間を抜け、地面の感触が変わり、視界が一気に開けた瞬間、足が止まる。
「……っ」
崖だ。
先はない。
振り返る。
二体の影が、間を詰めてくる。
距離が、消える。
前は絶壁。
後ろは魔物。
息が詰まる。
時間がない。
考える間もない。
一歩分の余白すら、ない。
迫る気配。
影が覆う。
視界が狭まる。
瞼が落ちる。




