第081話「相手に心当たりは?」
朝。尾本は体重計の表示をじっと見つめていた。
隣では、同じように真剣な表情の女神フェルネス――星山めぐみが数字を覗き込んでいる。
「体重は……79.0キロ。昨日から変わりませんね」
「連日落ちてたのに、ついにストップか。昨日は帰りが遅くてウォーキングさぼっちゃったからなあ……それが原因かな?」
「でも、体脂肪率は0.3%下がって29.0%ですよ。
順調、順調! 増えるよりマシです。それより、できていることに目を向けませんか?」
「できてることか……そういえば、もう何日もお酒飲んでないな。俺って、やればできる子なのでは?」
「そうそう、その意気です!……子じゃなくて、おじさんですけど」
尾本は部屋へ戻り、出勤の支度を始めた。
「そういや、79.0kgになってるから剣術スキルは完ストしてるんだよなあ。
それなのに、昨夜は異世界に行かなかったのが悔やまれるというか……」
めぐみは朝食をテーブルへ並べながら答える。
「まあ、不幸中の幸いというか、ウルファジムの時間の流れが尾本さんの都合に合わせて流れるようになってますからね。あまり気にしなくてもいいかもしれませんよ。
そんなことより、私、別の事が気になってるんですけど……」
着替えを終えた尾本がテーブルへ腰を下ろす。
朝食はご飯に卵焼き、味噌汁。
じつに健康的な献立だ。
「仮にも異世界の守護者たる女神様が『そんなことより』は無いでしょ」
「まあ、そうなんですけど……いや、そうじゃなくて。
尾本さん、昨晩はほとんど寝れてないんじゃないですか?」
「あら? バレてました? 凄えな、女神の魔法」
「そんなもの使わなくても隈ができてる顔を見たら誰でも分かりますよ。
聞くまでもないんですけど、お仕事が原因で?」
「布団に入っても『どうやって問題を解決させるか?』とか、色々とぐるぐる考えちゃってですね……あれ? 俺がこんなだったから、昨日は異世界に行けなかったってこと?」
「それもありますけど、南の砦の方もごたついてる感じでしたからね。それに、あんまり勇者が異世界の問題に介入するのも、人間たちの自主性とか成長を阻害するんじゃないかという懸念もありまして」
「神様も大変ですなあ。……あ、それで思い出した!
アヤトくんから相談とかされてます? 俺らが戦ったシセっていう魔王軍の女幹部について」
「いえ、何も。どうかしました?」
「そのシセが、コレを持ってたって」
尾本が胸ポケットから懐中時計を取り出すと、めぐみは目を細める。
「……勇者の証ですね。勇者システムの根幹を担う道具です」
「やっぱり、あのシセって勇者だったんだ。
しかも、アヤトくんの話だと、どうやらこっちの世界の人間らしいって……シセがアヤトくんと戦ってる時に『まるで格ゲーみたい』って言ってたんだってさ。それで、女神様を疑ってる訳じゃないんだけど……」
「いえ。勇者アヤトや尾本さんが私を疑うのは当然だと思いますよ」
めぐみは箸を置き、真っ直ぐ尾本へ向き直った。
いつになく真剣な表情だった。
「尾本さんのダイエットとは無関係な話になりますけど、いいですか?」
「そりゃ、もちろん」
「では、尾本さんがまだ私を信用してくださっている前提で、簡潔に説明しますね。現時点では私の推測に過ぎませんが……魔王軍幹部とは、おそらく私以外の神によって召喚された勇者の集団なのではないかなと。
神同士で争うことは禁則事項になっているのですが、勇者を通じた〝代理戦争〟であれば可能です」
「神々の代理戦争?」
めぐみは申し訳なさそうに息を吐いた。
「正直に言うと、これまで代理戦争の可能性もまったく考慮していなかったわけではないんです。
ただ、ウルファジムのような未熟な世界が他の神に襲われる理由なんて、私にはさっぱり分かりません」
「喧嘩を売られる側に心当たりがないなんて、人間同士でも珍しくない話ではあるけれど……」
「しかも、攻撃してくる側の神は、自身の神格を犠牲にするわけで、何のメリットもないように思えます。前にも説明したと思いますが、神格が下がれば力を失い、最終的には消滅してしまうんです」
「相手に心当たりは?」
めぐみは大きく首を横に振った。
「私が知ってる自分以外の神って、ボルグニルさんぐらいです。言うまでもないですが、彼が魔王軍幹部の召喚主という可能性は無いです。理由は話せませんが、それだけは絶対にないです」
「なるほどね。ちなみに、神様って何人ぐらいいるの?」
「星の数だけいます。神であっても誰もその総数は把握できてないはずですよ。ただ、それにもかかわらず共通化されたルールや法則でお互いに縛られている感じ。
それと、ごめんなさい。神についての情報はこれ以上は口外できません。こうして話しているだけでも私の神格が徐々に低下していってます……」
言われてみれば、彼女の周囲には薄く黒い靄のようなものが漂っている。
どこからともなく、デデロデロデロ……という不穏な効果音まで聞こえてくる気がした。
「マジか?! わ、わかった! もう、あまり神に関する情報は開示しなくていいですよ!
それより、魔王について考えましょうか。話をまとめると、魔王軍幹部は勇者の可能性が高い......つまり、魔王の正体は〝神〟ってこと? だとしたら、相手は魔王って言うより、魔神だな」
「これで私が魔王軍の状況を観測できない理由がはっきりしました。魔王の正体が、どこか別の世界の神なら全て説明がつきます」
「まいったね。これからどうしたもんやら……」
「私としては、神々の争いにおふたりを巻き込みたくはありません。ですから、おふたりが勇者を辞めたいのであれば、それは仕方ないかと……いえ、違いますね。勇者を辞めていただいたほうがいいかもしれません。勇者がいなくなっても、尾本さんが痩せてさえくだされば、ウルファジムでの魔物被害も防げますし……だから……私は……」
うつむくめぐみの表情には、神というより人間らしい不安や寂しさが滲んでいるように見えた。
「……よし、わかった」
尾本の言葉に、めぐみが顔を上げると――
「さっぱり分からん――という事がわかった!」
尾本は隈のある満面の笑みを浮かべる。
「広瀬が言ってたんだよ。〝今、考えても答えが出ないことは考えない〟ってね。俺もそう思うし、それでいいと思う。だから、勇者は続行!
それよりさ。俺達には今やらなきゃいけない事があるんじゃないかな?」
「やらないといけない事……?」
「女神様は大学の中間テスト。そして、俺はブラック案件の対応!
ほらほら、のんびりしてる時間はないですよ!」
尾本は卵焼きを一口で頬張り、味噌汁をすすった。
その豪快な食べっぷりに、めぐみは少し呆れたように微笑む。
「尾本さん、何度言わせるつもりなんですか。30回ちゃんと咀嚼してくださいよ。
ダイエットの為にも、ゆっくり食べる習慣をつけないとダメなんですってば!」




