第079話「あ゙〜〜〜」
夏休みに入り、日頃の喧騒が嘘のように校舎は静かだった。
校門近くに設置されたテントの下では、学習支援プログラムの講師役を務める生徒たちと、小学生たちを迎える小宮先生が待機している。
「小学生は十二人か……これって多いのかな、少ないのかな?」
綾人は出席簿を眺めながら晴秋に尋ねた。
晴秋は自作教材の入ったタブレットを操作しながら答える。
「去年は十人だったかな? こんなもんじゃね?」
そのやり取りを聞いていた小宮先生が、柔らかな口調で補足した。
「我が校の学習支援プログラムは、基本的に少人数制で個別指導する方式ですからね。受け入れ人数と講師役の生徒数を考えると、十五人くらいが限界なんです。それにしても、広瀬くんが講師役を引き受けてくれて本当に助かりました。どうもありがとう」
小宮詩織先生は国語担当の若い教師だ。
落ち着いた雰囲気と優雅な話し方から、生徒たちの間では「たおやかなる小宮先生」や「いとあはれなり小宮先生」と呼ばれている。
「自分、尊敬する小宮先生からの感謝の言葉に、感動が隠せません!」
隣で手芸部部長の安藤が、制服越しにも分かる胸筋を震わせながら白い歯を見せた。
ついでに完璧なフロントダブルバイセップスまで披露している。
「いや、小宮先生は安藤に言ってるんじゃねえんだわ」
晴秋が冷ややかにツッコミを入れる。
もっとも、晴秋も晴秋だった。
小脇に抱えたタブレットには教材ではなくグラビアアイドルの水着写真が表示されている。
こっちはこっちで何をやっているのだろう。
しかも妙に暑い。
風が来ない。
不思議に思って扇風機へ視線を向けると、そこには小宮先生がいた。
テントに備え付けられた扇風機の真正面を陣取り、髪をなびかせながら、
「あ゙〜〜〜」
と声を出して遊んでいる。
いとをかし。
「……うちは本当に進学校なのか?」
綾人は思わず目を覆った。
「おーい!」
突然、晴秋が坂の下へ向かって大きく手を振る。
視線を追うと、小学校まで児童たちを迎えに行っていた鷹村美緒と小学生たちの姿が見えた。
元気いっぱいの児童たちが、晴秋に負けない勢いで手を振り返している。
綾人も笑顔で手を振り返しながら、児童たち一人ひとりへ目を向けた。
その中で、ひとりだけ気になる子がいた。
牧村知世だ。
数人のグループで歩いているにもかかわらず、彼女だけが少し距離を置いている。
下を向き、足元を見ながら歩いていた。
仲間外れにされているようには見えない。
前を歩く子たちに声をかけられれば、ぎこちないながらも笑顔で返事をしている。
だが会話が終わると、すぐに視線を足元へ戻してしまう。
その様子が妙に印象に残った。
――人と関わるのが苦手なタイプなのかもしれないな。
そんなことを考えながら見ていると、別の意味でも目を引かれた。
知世は他の子たちより少し小柄だった。
それなのに、不思議と大人びて見える。
無地の白いシャツにデニム地のスカートという飾り気のない服装のせいだろうか。
一方で、肩まで伸びた髪は少し癖があり、柔らかなウェーブが幼さを感じさせる。
大人びた雰囲気と年相応の幼さ。
そのどちらにも完全には属さない曖昧さが、彼女の存在を際立たせていた。
ふと、知世が顔を上げた。
視線が合う。
大きな茶色の瞳。
その奥で、一瞬だけアメジストのような紫色の光が揺らめいた気がした。




