第074話「なんで小学生がウチの高校に?」
昼休みのチャイムと同時に、生徒たちが教室を飛び出して食堂の一角にある購買部に向かって駆けていく。
勇者アヤトこと広瀬綾人は、その人混みの渦に飲み込まれるようにして流されていった親友の茶山晴秋を静かに見送った後、カバンから弁当箱を取り出した。
先週末で期末試験が終わり、今日から一週間は授業自体は午前中で終わりなはずだが、午後も学校に残って部活や自習に勤しむ生徒は多いようだ。かくいう綾人もまた、後回しにしていた期末試験の自己採点の為に、午後も学校に残ることを決めていた。ちなみに晴秋の方は生徒会の用事で学校に残るそうだ。
「先にお昼を食べ始めたら、後で晴秋がうざ絡みしてくるよなあ……」
綾人は弁当を手にするのを一旦諦め、自販機で飲み物を買うことにした。
購買部の騒ぎを避けるように、静かな食堂の一角を目指して歩き出す。
ひとりでぼんやりと校内を歩いていると、どうしても考えてしまうのは異世界のことだ。
クワリオス鉱山への襲撃が気になって仕方がない。考えたくないが、魔王軍による南の砦の襲撃と同時に、アルヴァリス王国軍が鉱山を狙って襲撃した可能性もあるだろう。
そう邪推する程度にはアルヴァリス王国の中枢機関も油断できない。
「もしアルヴァリス王国の侵攻だったらどうしよう……」
異世界では何らかの良心的なリミッターが外れているのは間違いないが、そうだとしても人間相手に刃を向けられるのだろうか?
もうひとつ考慮すべきなのは、魔王軍の強敵シセの件だ。彼女も同じ世界の人間である可能性が高い。言うなれば『魔王軍側の勇者』といったところだろうか。
こちらの顔と名前がバレている以上、日常生活でも油断は禁物だ。まさかこちらの世界で闇討ちに遭うことなどないだろうとは思うが。
「いや、それは楽観的すぎるのかな?」
何にせよ、日頃から警戒しておくべきかもしれない。
向こうに気付かれる前に、こちらが先にシセを発見できるのが理想的だ。
シセとの戦闘を思い出す。踊り子のような華やかな姿とは裏腹に、異様に高い彼女の戦闘能力を思い出させる。シャルルとふたりがかりでやっと倒せた相手だ。ただの高校生である広瀬綾人が対処できるのだろうか。
「うん? 待てよ」
食堂にたどりついた綾人は、自動販売機でコーヒー牛乳を買いつつ、ふと気がつく。
口元がベールに隠されておりはっきりしなかったが、シセのシルエットはしっかり覚えている。いや、覚えているというより、見覚えのある人物の姿と結びつく。後ろでひとつに結ばれた長めの焦げ茶の髪に、褐色の肌、アメジストを思わせる紫の瞳――
「お? 綾人くん、発見!」
不意に背後から声をかけられ、綾人は振り返った瞬間、反射的に全力で飛び退いて防御の構えをとった。しかし、眼前のその〝敵〟はきょとんとした表情を浮かべているだけである。
日焼けと塩素で焦げ茶になった髪をポニーテールにし、日焼けした健康的な肌が印象的。まさに魔王軍のシセを思わせるその女性は、水泳部のエースにして生徒会長の鷹村美緒であった。
彼女の人懐っこい表情のせいでイメージの紐づけできていなかったが、こうして向き合ってみると瞳の色こそ違えど、そっくりではないか――!
「ちょっと……そんなに警戒されたら、さすがの私でも傷つくんだけど?」
美緒はそう言いつつも、いたずらっぽく微笑む。
「あ、すみません! ちょっと考え事をしてて!」
その人懐っこい仕草に、綾人は構えを解いて頭を下げた。
この柔和な笑顔を向ける人がシセな訳が無い。見た目がやや似ていることには驚きはするが、それを言うなら、子供の頃の姉にそっくりのシャルルや、女神様にそっくりの星山めぐみや、ブラウトロワ伯爵家の新人メイドの人もいるわけで――
「おーい、綾人! 見てくれよ、この戦利品! あ、美緒ちゃん先輩、こんちゃっす!」
まだ生徒がごった返している購買部の方から、晴秋がパンが入った紙袋を抱えて出てきた。晴秋のよれたネクタイとずり落ちかけたメガネが、カツサンド争奪戦の激しさを物語っている。
「今日はカツサンドが買えたの?」
「バッチリですよ! しかも期間限定のチョコ生クリームパンも2個ゲット!」
「凄いじゃない、茶山くん。1個ちょうだい」
「もちろんいいですよ」
「晴秋、何なのそれ? クリームパンのチョコレート味ってこと?」
購買部にはほぼ行かない綾人が首をかしげると、美緒が晴秋に代わって答える。
「クリームパンの中身がカスタードクリームじゃなくて、チョコホイップクリームになってるの。ほぼお菓子だからか、単に作るのが面倒なのかは不明だけど、期間限定品なのよねー」
「そんなことより、美緒ちゃん先輩! お昼まだなら一緒にどうです?」
晴秋はメガネをシャツで拭き、ネクタイと髪型を整えながら美緒をランチに誘う。
下心が丸見えだ。「お隣の部屋に住んでいるという意中の相手――星山めぐみの事はいいのかよ?」と呆れてしまう。もっとも、どこか女神の面影がある星山めぐみに気軽に近寄る輩は、勇者である自分が絶対に許さないわけだが。
「誘ってくれてありがとう、茶山くん。でも、ごめんね。今はあの子達の引率中だから」
そういって、美緒が購買部のカウンターの一角を指差す。
「ああ、そうでしたね。うっかりしてました」
「あれ? なんで小学生がウチの高校に?」
購買部のカウンターの一角に、小学生の一団が並んでいるのが見えた。
まるでお祭りに参加しているかのようにはしゃいでいる。そして、いつものこの時間、体育会系の生徒たちは空腹で殺気立っているはずなのに「押すんじゃねえ!」「えい!」「押忍!」「ごっつあん!」と声を上げ、子供たちを守る筋肉の壁となっている様子が妙に微笑ましい。恐らく、子供たちがゆっくり好きなパンを選んで買えるように配慮しているのだろう。
しれっと小学生の列に割り込もうとする生徒もいたが「テメェは小学生様の列に並んでんじゃねえ!」と、巨体を誇る手芸部部長の安藤が一喝する。哀れ、割り込み犯は「ひぃ!」と無様な声を上げて逃げ去った。
……手芸部は体育会系なのかという疑問は、この際、置いておくことにしよう。
「なんだよ、綾人は聞いてなかったのか? 今日は午後から『学習支援プログラム』のオリエンテーションじゃん」
晴秋に言われて記憶を探る。
綾人たちが通う高校は、理数系に特化したカリキュラムが組まれている公立の進学校だ。毎年、夏休みが近づくと地域貢献の一環として、生徒会を中心に高校生が地域の小学生に勉強を教える学習支援プログラムが行われる。そして、今日はそのオリエンテーションの日だった。成績上位者で帰宅部の綾人にも、生徒会長の美緒から直々に声をかけられていたことも思い出す。
「今日がそうだったのか……」
「随分と薄情じゃない、綾人くん。今回の学習支援プログラムが決まった時に、まず最初に君に声かけたのに」
「あれ? 最初に声かけたのって、俺って言ってませんでしたっけ?」
「ちょっと茶山くん、そういうのは黙ってるもんでしょ!」
美緒の狙いがわかり、綾人は思わず苦笑いしてしまった。




