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TS猫耳銃士戦記~俺が痩せれば魔王も倒せるらしい~  作者: 頑田むぅ
第二章『アルバベールの首輪』
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第072話「少しは痩せてきたんだけどなあ」

 調理実習室に張り詰めた空気が漂う。キッチン台の上に並んだ真新しいまな板と包丁。それぞれの台に立つ学生たちは、キャベツと真剣に向き合い、開始の合図を待っていた。


「では、実技テストを始めます。キャベツの千切りを、制限時間内にできるだけ薄く、均一に仕上げてください。」


 講師の鋭い視線が調理実習室全体を走り抜け、静寂の中に緊張が一気に増す。


 女神フェルネスこと星山めぐみは目の前のキャベツを見つめ、手にした包丁の柄を握り直す。テキストで散々見た理想の千切りを頭に浮かべながら、呼吸をひとつ整えた。


「開始!」


 その言葉と共に、調理実習室内が包丁のリズミカルな音で埋め尽くされる。トントン、とまるで心拍数のように響く切れ味の音が、彼女たちの集中を映し出していた。めぐみはキャベツを芯から切り離し、葉を数枚ずつ広げて重ねていく。


「リズム、リズム……焦らないで……」


 自分に言い聞かせながら、薄い緑色の葉に刃を滑らせる。包丁を動かすたび、キャベツがほそい糸のように仕上がり、みずみずしい香りが鼻腔をくすぐる。ふと視界の端に見えたのは、隣で奮闘する原田みのり。彼女も負けじとキャベツに真剣に向き合っている様子だ。


 ――いい感じ、もっといける!


 手の感覚に集中しながら、めぐみは切り揃えたキャベツを一塊にし、再び薄く切り続ける。規定の厚さを保ち、手早く美しく仕上げることが求められる。時折、講師が各テーブルを巡回し、厳しい目で出来栄えを見極める。


 試験終了の合図が響くと、めぐみは一気に息を吐き出した。視線の先には、綺麗に揃ったキャベツの細切りの山が並んでいる。


「よし、やった!」


 肩越しにみのりと視線を交わす。みのりが微笑み、さりげなくVサインを出して見せると、めぐみもにやりと笑い返した。試験の緊張感が溶け、ふたりの間に達成感がじわりと広がった。


 * * *


 本日の女神弁当の内容は、ハーブとスパイスで味付けされた鶏むね肉のグリル、そして山盛りの千切りキャベツだった。


 お弁当を食べ終えた尾本は、伸びをして肩を回し、軋む音が気になるオフィスチェアに深く腰掛けた。

 改めて部屋を見回す。十畳ほどの狭い部屋には、PCと開発メンバーの机が所狭しと並び、ジャングルの蔓のようにケーブルやコードが床や机を這い回っている。数少ない窓のひとつは、古びた技術書やサポートが切れたOAソフトのパッケージが詰まった本棚で塞がれて、外の光を遮っていた。目に留まったホワイトボードには、尾本以外のメンバー全員の予定欄が『出張中』になっており、否応なく孤独が身に染みる。


「狭い部屋なのにな。なんで広く感じるんだろう」


 寂しさを紛らわすように、独り言を呟く。広瀬が戻ってくるのは二週間後。その間、六人分の定型業務に追われて「寂しい」とのんびり言っている余裕などまったくない。


「あ、いかん。今日は話し相手がいないから、ついつい後ろ向きなことばかり考えちゃうな」


 ふと隣の机、広瀬の席に目をやる。椅子の上にはつぶらな瞳が愛くるしい巨大な猫らしき謎のぬいぐるみが鎮座しており、首からは『センパイの話し相手』と書かれたネームプレートをぶら下げている。さらに、広瀬の机の引き出しを見ると『広瀬ボックス・無料開放中』と書かれた付箋紙もあった。


「いつの間にこんなの用意してたんだよ」


 思わず苦笑いしてしまう。

 土曜に買い物に行って、日曜の午後に美波島に出発しているはずだから……日曜の午前中にわざわざ会社に出てきて用意したのか。


「まあいいや。休み時間なんだから仕事以外のことでも考えるか……」


 昨夜……と言っていいのか分からないが、異世界での出来事を思い返す。どういうトリックが使われたのかは謎だが、鉄壁の守りを誇るとされるクワリオス鉱山の砦が、一瞬にして落ちたらしい。

 晩餐会は早々に中止され、すぐさまリュシュアンが偵察部隊を編成し、状況確認のためにクワリオス鉱山へと向かった。しかし、状況が分かるのに時間がかかりそうだ。敵が魔物であれ人間であれ、砦が襲撃された事には政治的な問題も関わっているらしく「ことの詳細がはっきりするまで、口外無用で」とシュラウザーから念を押された。

 どちらにせよ、勇者チームは魔力切れということもあって、この日の冒険を終えている。

 砦に駐屯している部隊は無事なのか? 自分たち勇者に何ができるのか?そんな考えが堂々巡りを始める。

 そして、頭の中で浮かんだのは『自分の体重がこの状況に影響を与えているのではないか』という不安。


「少しは痩せてきたんだけどなあ」


 そう呟いて、今朝の体重を思い出す。79.0kg、前日より-0.5kgにして、ついに剣術スキルが完スト。

 しかし、体脂肪率は29.3%のままなので、手放しで喜んでもいられない。これまでのダイエットの苦労が無駄ではないと信じたいが、アバタースキルの上昇以外の成果がなかなか目に見えないことで、焦りが募る。


 不意に、陰鬱な気分を打ち消すように尾本のスマホに新着メッセージの通知音が響いた。


『お疲れ様っス! そっちどうっスか? 寂しくなって泣いちゃったりしてます?』


 広瀬からだ。続いて、ニヤニヤ笑ってるニャンコのスタンプが送られる。隣りにいる猫のぬいぐるみと同じキャラクターらしい。


「返事に困るメッセージを送ってくるなよ」


 尾本は隣に座る猫のぬいぐるみにぼやくと『泣いてなんかないやい!』と叫んでいるペンギンのスタンプを送り返した。


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