第067話「よろしいですよねはいイエス!」
迎賓館の二階にある貴賓室は、砦の機能的な空気とはまるで別世界だった。
厚い絨毯、落ち着いた調度、そして奥には専用の浴室まで備えられている。
到着して間もなく、シャルルは数人のメイドに囲まれ、そのまま流れるようにこの部屋へ連れてこられた。まるで荷物の搬入でもされるかのような勢いだった。
「お風呂の準備は整っております。お着替えをお持ちいたしますが、お手伝いは――」
そう聞かれた瞬間、シャルルは即答した。
「ネコ耳族のしきたりにより、全て一人でやります!」
当然ながら、でまかせだ。
メイドたちが一度引き下がると、ようやく静寂が戻る。
……とはいえ、落ち着く暇もない。
旅館やビジネスホテルなら経験はある。だが、ここまでの部屋は初めてだった。
妙に広い。妙に整っている。そして妙に居心地が悪い。
視線は自然と浴室へ向く。
湯気の立たない湯船。だが触れずとも分かる。温度は一定に保たれている。おそらく魔法だ。
一通り見回したあと、シャルルは部屋へ戻り、姿見の前で足を止めた。
泥に汚れた服。汗で乱れた髪。鏡の中には、完全にはっきり言って小汚い猫耳の少女が立っている。
「なあ、フェルさんや。ちょっといい?」
軽く呼びかけると帽子の上から羽飾りが飛び出し、女神フェルネスへと姿を変えた。
「……尾本さんが何を言いたいのかは分かりますよ」
「それなら話は早い」
鏡の中の自分を指さす。
「泥だらけだし、汗臭いし、今すぐ風呂に入りたい。しかし、問題はコレだ」
「えーっと……服のまま浴槽に飛び込む、とか?」
「さっきのメイドさん、着替えを持ってくるとか言ってたよね」
「言ってましたね。そして、この後はお偉い方々との食事会も控えているとかなんとか」
一瞬の沈黙。
「こうなったら目を閉じてだな!」
目を閉じ、汚れた服に手をかける。
「それだけは絶対ダメです! というか、しれっと薄目開けてるじゃないですか、このド変態!」
「許せ、広瀬! 俺は風呂に入る! 絶対に入る! もう限界だ!」
《シャルルっち……それはさすがに引くわー》
「誤解だ! 俺はさっぱりしたいだけなんだ! それと、未知への探究心……」
コルセットスカートを力任せに引っ張るが、びくともしない。
見ていて痛々しいほど、脱ぎ方が分かっていない。
「ちょっとアイリス! このバカを止めてください!」
《第二スキル【身体制御】がリミッター解除で倫理的に強制実行されます。
ユーザーに代わり、アイリスがアバター・シャルルの全制御を行います。
警告! 以降はユーザーの介入を全て拒否します。五感は全てカット!
――よろしいですよねはいイエス!》
「ノ、ノオオオオ!! てめぇ、アイリス――」
言葉の途中で、ぷつりと尾本の意識が途切れ、シャルルはがくりと項垂れた。
次にゆっくりと上げた顔には軽蔑の色が浮かび、ジト目は鏡に向けられる。
「シャルルっちは、この後はペナルティでいいよね?」
「もちろんですとも。最大級でお願いします」
女神とアイリスは、無言で親指を立て合う。
その合意は、即座に実行されることとなった。




