第066話「リュシアン様の意向です」
南エンサリア砦の大広間は、戦の余韻を引きずったまま、場違いなほど華やかに整えられていた。迎賓館から連絡通路で直結したこのホールに、軍の士官や地元の名士たちが集められている。
アヤトは次々と声をかけてくる相手に応じながら、表情だけは崩さない。だが、内心では疲労が重くのしかかっていた。
「私がアヤト様ぐらいの歳にはクワリオス鉱山砦の守備隊長をやっておりましてな――」
目の前で熱弁を振るっているのは、この地の統治者であるブラウトロワ総督だ。
長い自慢話に相槌を打ちながら、アヤトはひたすら頷く。
「そ、そうなんですね。なるほど。すごいですね。さすがです」
頷きすぎて、首が痛む。
「その頃は若さもあって私も色々と無茶をしましてな。アヤト様に助言をするなら――」
話がまだ続きそうになったところで、不意に別の声が割って入った。
「すみませんが、少しアヤト様をお借りしてもよろしいでしょうか?
軍事に関する急用が入りまして」
シュラウザーだった。
「ああ、そういうことなら」
総督が名残惜しそうに頷くのを背に、アヤトはその場を離れる。
会場の隅へ移動すると、いつの間にか正装の若い士官が二人、周囲をさりげなく遮るように立っていた。
「なんというか……助かりました、シュラウザーさん」
「本来であれば、戦闘直後にこういった晩餐会は開かないのですが……なんというか、申し訳ありません」
「やはり政治的な理由、ですよね?」
シュラウザーは小さく苦笑した。
「正直に言います。政治的な理由が半分。名士の皆様は、この場で誰より先に勇者様に顔を売っておきたいのでしょう」
一度言葉を切り、視線をホールの中央へ向ける。
「残り半分は、リュシアン様の意向です」
つられてアヤトも視線を向ける。
貴族たちに囲まれたリュシアンは、穏やかに談笑していた。だが時折、階段の踊り場へと視線を送っている。
「どなたかみえられるのですか?」
「アヤト様もよくご存知の方ですよ。ほら」
その直後、ホールがわずかにざわめき、すぐに静まり返った。
ホールにいる全員の視線が一斉に上へと向く。
階段の踊り場に、ひとりの少女が立っていた。
淡いグリーンのドレスに身を包み、黒髪をやわらかく揺らしている。
装飾の金糸が光を受け、静かな輝きを放っていた。
黒い猫耳の間に載せた小さなティアラが、その存在を際立たせる。
――シャルルだった。
飾り立てた華やかさよりも、むしろ整えられた気品が目を引く。
「……」
誰も言葉が出ない。
彼女(?)が一歩踏み出すたびに、刺繍と装飾がわずかに光を返す。
視線を向ける者たちは、誰もが息を潜めていた。
集まる視線を受け、シャルルは優雅に微笑んだ。




