第065話「では、慎重に、行動を開始しましょう」
街道に停めたオウリィ商隊では、ちょうどマレクが偵察の報告を終えたところだった。
「――というわけで、クワリオス鉱山に向かう謎の魔物を目撃した次第です。後を追うのは危険だと判断して戻ってきました」
続けてエリサが口を開く。
「戻る途中で、あの爆発があったんですよね。あれって何なんですか、オウリィ様。マレクが言ってた、魔法実験の爆発ってやつですか?」
「あの爆発に関しては私にも正確なところは分かりませんね。どちらにせよ、爆発があった方向……南エンサリア砦に向かうので、そのうち分かるでしょう。さて、目下の問題ですが――」
セリーナが話を引き取る。
「クワリオス鉱山の砦に立ち寄るか、南エンサリア砦にまっすぐ向かうか、この二択ってところかねえ。どっちがいいと思う、レオフォルト?」
「クワリオス鉱山はエンサリア共和国の重要拠点だ。民間人が意味なく気軽に立ち寄ったら、あらぬ嫌疑をかけられる可能性もあるかもしれやせんぜ」
「行商にきたという口実は使えないかい?」
レオフォルトは首を振った。
「使えんでしょうね。あの砦は籠城戦を主眼に設計されています。数ヵ月持ちこたえるだけの物資が備蓄されていますよ。それと、噂によれば執政官の子息の保養地にもなっているとか。兵站という名目で、酒も女も手厚く揃えられているとか」
「なんだいそりゃ? 虫酸が走るねえ。危機感以外は何でも揃ってる感じかい」
「こういう時は基本に立ち返りましょう。そうですね。ついでに、少しマレクの勉強の時間にもしましょうか。今回の我々の目的は何ですか、マレク?」
不意にオウリィに話を振られ、マレクが慌てて姿勢を正す。
「え? あ、はい。南エンサリア砦に急いで行くことです」
「残念。我々の目的は『勇者アヤト様とシャルル様に顔と名前を覚えていただくこと』です。
となれば、どうするべきか? 先日、私が話した事を思い出しながら考えてみてください」
「えっと……シャルル様への贈り物のドレスや装飾品の手配……それと、ご婦人方の間で流行っている物を調べること」
オウリィは静かに続けた。
「それも少し違うかもしれませんよ。思い出してください。私が本当に言いたかったのは『勇者様の趣味や関心を引き出すための話題の準備』です。つまり?」
「森の中で何かやっていた魔物についての情報……
可能ならば、魔物たちの目的なども知れるといいかもしれませんね。
――オウリィ様、もう一度だけ偵察に行ってもよいでしょうか?」
「そういう事です。だいぶ、分かってきましたね。及第点にはまだまだですが、いい判断です。ただし、マレクを偵察に行かせる事はできません」
「マレク、あんた及第点にはまだまだ足りないんだってさ」
「エリサ、僕は君の雇い主なんだけど?」
「ほら出た。自分の都合の悪い時ばかり雇い主面だ」
舌を出すエリサに、マレクはバツの悪そうな顔をする。周囲に小さな笑いが広がった。
「マレク、こういうのは戦慣れして、引き際が分かっていて、一番逃げ足が早い奴に任せるのがいいって話さ。そういうのは見習い商人様の仕事じゃない。そうだろう、レオフォルト副隊長?」
「全てはセリーナ隊長のご意思のままに」
レオフォルトが芝居がかった仕草で胸に手を当てる。
「その忠誠に感謝します、レオフォルト卿。引き際を心得ている貴殿であれば、必ずや吉報を持ち帰ると信じております。女神のご加護があらんことを」
ふたりの芝居がかったやり取りに、隊員たちがくすくすと笑う。
それを見届けてから、オウリィが締めくくった。
「では慎重に、行動を開始しましょう」
爆発の一件からしばらく動きを止めていたオウリィ達の商隊が動き始める。




