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第064話「尻尾は俺のアイデンティティ!」

 耐火魔法と身体強化を重ねがけし、耐熱生地のマントを羽織ってリュシアンは走る。たかだかニキロメートルぐらいの距離だが、人造勇者である彼にとっても、ここは危険が潜んでいる場所だ。燃え盛る残骸と立ち込める煙の中、彼は白煙を振り払うように走り続ける。焦げた香りが鼻をつき、心臓が高鳴る。


 走りながら、リュシアンは今後のことを考えていた。勇者の広範囲攻撃魔法による大爆発。そういう作戦ではあったものの威力に関しては予想外だった。恐らく、アルヴァリスとエンサリア以外の各国が気づくことだろう。中立の立場を崩さない北のレーデベリア帝国も、宗教的な理由で介入をしてくる可能性が高い。今後、各国で高度に政治的な駆け引きが繰り広げられることは確実だ。


 ――今後、自分はどう立ち回ればいい?


 人造勇者として祖国エンサリア共和国から寄せられる期待と、非人道的な魔法実験の被害者である自身の存在意義。あらゆる葛藤が、身体を走らせる力を少しずつ奪っていく。

 副官であるシュラウザーが自分の力を抑えるために何か隠し玉を持っていることには随分前から気づいている。果たして、自分はエンサリアにとって必要な存在なのか? それとも単なる道具なのか?


 ふと、視界の端に二人の姿が見えた。アヤトとシャルルだ。彼らの側が見えない力で保護されているのを確認したリュシアンは、白煙を上げるマントを投げ捨て、結界の中に飛び込んだ。


「アヤト殿、シャルル殿、ご無事でしたか!」


「以前にお話した踊り子風の女がいたせいで、かなり苦戦しましたけどね。

 シャルルさんのサポートもあって、なんとかなりました。

 まあ、戦闘後にも色々あったんですが……」


 アヤトは全身が傷だらけであり、疲れ切った表情が戦闘の凄まじさを物語っていた。

 シャルルはペタリと座り込んだまま、弱々しい笑顔を見せる。


「俺の方は歩けるようになるまで、もう少し掛かりそう……」


 リュシアンは、シャルルの服が泥だらけであることに気づく。


「シャルル殿はお召し物も泥だらけですね。後で何か服を用意させましょう。そのまま宴に入ってもいいかもしれませんね」


 リュシアンの提案に、シャルルが笑顔を返す。リュシアンはシャルルに肩を貸して立ち上がらせた。


 ――想像以上に軽い。


 肩を貸しながら、その整った顔立ちを間近に見て、思わず一瞬見惚れてしまった。長いまつげと柔らかな髪が、彼女の幼さを一層引き立てている。彼女の首筋から漂う花のような淡い香りが、リュシアンの荒みかけていた心を一瞬で和ませた。


 ――勇者か。


「シャルル殿に見合う服が砦にあるとよいのですが」


「祝勝会ね。着られれば何でもいいですよ。袋に頭と手足と尻尾を出せる穴でも開けといてもらえればそれで十分」


「尻尾ってシャルルさんにとって頭や手足と同じぐらいに大事なんですね」


「当たり前でしょうが、アヤトくん! 尻尾は俺のアイデンティティ!」


 シャルルが猫のようにシャー!っと威嚇の声を上げる。


「尻尾を出せるドレスというのは聞いたことがありませんが、急ぎ手配します」


「ド、ドレス?!」


 顔を引きつらせるシャルルに、リュシアンは笑った。


 * * *


 同時刻。

 だぼだぼのエンサリア軍の制服の襟が、トニの呆れにつられるように少しずり落ちる。

 クワリオス鉱山砦の物見櫓(ものみやぐら)で、守備兵のトニはエンサリア砦の方向に立ち上る黒いキノコ雲を眺めていた。事前の連絡により、南エンサリア砦にて魔王軍と勇者と砦守備隊が大規模な戦闘を行うとは聞いていたが、まさかこれほど派手に魔法が飛び交うとは思わなかった。


「エンサリア砦の守備に就いてなくてよかったな。下手すりゃ死んでたかもしれねえ。やっぱり、オイラは悪運が強えぞ……」


 思わず漏れた本音に、隣で見張りをしていた兵士がうなずいた。


「だな。こっちのクワリオス砦の警備当番で良かったぜ。お偉いさんの息子のご機嫌取りにだけ気を使えば、他はまったくもって自由気ままなもんだしよ」


 トニは物見櫓より高い場所に建つ守備隊長室へ視線を向けた。


 守備隊長のアーリン・ゼルティス。

 トニの目には、弱々しくて陰の薄い平凡な青年にしか見えない。だが、その頼りなさのおかげか嫌味な印象もなく、兵たちからは特に慕われてもいなかったが、嫌われてもいなかった。


 ここ、クワリオス砦は重要軍事拠点であると同時に、政治家の子息へ軍務経験という肩書を与えるための保養地でもある。

 無骨な兵士ばかりのこの砦で、体格に恵まれていないトニは『痩せネズミ』と呼ばれていた。だが、そんな自分を、なぜかアーリンは気に入っているらしい。


 思い返せば数ヵ月前の軍事演習がきっかけだろう。アーリンが指揮官役を務めた際、何かと世話を焼いた覚えがある。トニがこうしてクワリオス砦の守備隊へ回されたのも、きっとアーリンのわがままなのだろう。


「悪運の強さにつくづく感謝だな」


 トニは兵士と笑い合いながら、ふと気配を感じて砦の外へ目を向けた。


「ん?」


 長い黒髪の若い女が一人、砦の前に立っていた。

 つられて兵士も視線を下ろす。


「とんでもねえ美人だ。お偉いさんの誰かが街から呼んだのか?」


「オイラは聞いてねえけどな」


 目を凝らしたトニは、その女の頭に獣のような耳があるのに気がついた。しかも、ふさふさした尻尾が意志を持ったように揺れている。


「なんだ、あの耳と尻尾は。まさか魔物ってことは……」


「そういう飾りだろうよ。お偉いさんの趣味に違いねえ」


 兵士は下卑た顔で失笑する。


「いや、だって耳も尻尾も動いてるじゃねえか。アレはどう見ても本物――」


 言いかけて、トニは言葉を失った。


 女と目があったのだ。

 青く光る瞳が笑っている。

 手には銀色のボウガン。


 彼女の背後の森が揺れると同時に、犬やトカゲの頭を持った魔物たちが飛び出してきた。

 一体や二体ではない。数十、数百……いや、千を確実に超えている。


「なんだ! なんでこの距離まで近づかれて気が付かなかったんだ!」

「まさか認識阻害の魔法!?」

「嘘だろ! あんな中途半端な魔法に馬鹿されるはずが――」


 魔物たちの足音が地面を揺らす。まるで、森そのものが砦へなだれ込んでくるようだ。


「敵襲ー! 敵襲ー!!!」


 隣で警鐘を鳴らして叫ぶ兵士の声は、洪水のように押し寄せる魔物の雄叫びにかき消された。


ここまで読んでくださり、ありがとうございました。

これで第一章、終了です。

明日から第二章に入ります。また、いつもの時間に!

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