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第063話「ずっと、この気持ちを伝えたかった」

 耳鳴りが消え、静寂の中でボンボン――女神フェルネスの声が、風に紛れシャルルの耳元で囁かれた。


「動ける程度に体力を回復させましたけど、今回だけですからね」

 

 シャルルは口の中に入った土を「ペッペッ」と吐き出しながら、ゆっくりと半身を起こす。

 跪き、短剣を大地に突きたていたアヤトも、ゆっくりとその顔を上げた。


「シャルルさん、大丈夫ですか?」


「なんとか……それにしてもなんじゃい、こりゃ」


 シャルルはペタリと座り込み、改めて周囲を見渡す。


 ――地獄絵図だった。


 焦げた大地。黒く焼けただれた岩々。

 立ち上る煙の向こうに霞む景色。

 息を吸うたびに、鼻を刺す焦げた匂いが肺に入り込む。


 そして、爆発の中心地であるここだけが、不自然なほど静まり返っていた。


「すみません。広範囲攻撃魔法を最大火力で使ってしまいました。

 まさか、ここまで凄いことになるとは」


 アヤトの手の中で、短剣が砕けていく。


「しかも、触媒の短剣も壊れてしまいました。再使用は難しいですね」


 青く輝いていた刃が、砂の彫刻のようにさらさらと崩れ、風に舞う。


「その短剣がないと広範囲攻撃魔法は使えないってこと?」


「そういうことです。これは『アジュール・スティレット』っていう儀式用の短剣なんですが……

 高純度に精製された青結晶を使っていて、作れるのはエンサリア共和国だけなんだとか。

 ただ、ひとつ作るのに国家予算規模のとんでもない金額と時間がかかるらしいんですよ。迂闊でした」


「国家予算規模ね。そんなに高価な物だったんだ」


 思わず「日本円でいくらぐらいなんだろう?」と言いたくなったが、素性がばれるので黙っておいた。


 ――そうだ。


 シャルルは突然、思い出したように顔を上げる。


「〝高価な物〟で思い出した! アヤトくんにアイリスを返さないと!」


「アイリス?」


「じゃなかった。星詠みの剣」


 改めて手元の剣を見つめる。


 ――それは、細身で流麗なフォルムを持つ剣だった。


 刃の中央には、星の軌道を思わせる銀色の彫刻が走っている。

 刃の根元には、天球儀を模した小さな紋章が刻まれ、満ち欠けする月のような鍔が輪を描く。


 鞘柄には謎の文字が刻まれているのだが、なぜか「夜を渡り、星を導く者。神を倒す」と書かれているのだと、読めてしまった。


「そうでした。僕もシャルルさんのサーベルを借りっぱなしでしたね。

 星詠みの剣ですが、使ってみてどうでした? 身体が操られるような危険な感じとか……」


「いや、むしろ身体を操ってもらって何とかなった感じ」


 アヤトが驚いたように目を見開く。


「剣に身体を操らせてたんですか?

 あ、だからさっき鬼神のような戦い方をされてたんですね。

 でも、僕が星詠みの剣を使った時にはそんな事はできなかったのに……」


「ああ、それはアイリスが――

 あ、そうか。アヤトくんにはアイリスの声が聞こえないんだった」


「アイリスって、星詠みの剣の事ですか? 剣の声?」


 ――その時だった。


《ちょ、思い出した! アヤト、マジでウチを投げんなし!》


 シャルルはため息をつきながら剣を見つめる。


「えーっと、なんかアイリスがアヤトくんに投げられた事を怒ってるみたい……ギャル語っぽく」


「ギ、ギャル語???」


「ごめん。なんかこう、説明するのが非常に面倒なんで……

 とりあえず、返すね」


《は? ヤだ。ムリムリ。絶対にイヤ》


「イヤじゃねえよ。お前はアヤトくんの剣だろ」


《マジでムリ! ユーザー登録済みだし!》


 シャルルはため息をつきながら、星詠みの剣――アイリスを握る手に力を込めた。


「解除だ、解除! できないなら、工場出荷状態まで初期化!」


《……全て、バラす……》


「はあっ?!」


《ウチと利用契約が結ばれた時点で、シャルルっちとボンボンのカーネルの情報……中の人の事とかも全て把握済みだから。ねえ、コウちゃん、フェルちゃん?》


 ボンボンは驚きのあまり、羽を震わせながら小声で呟いた。


「ちょ、ちょっと……神の情報に不正アクセスしたの!? 女神ドン引きです!」


《さあさあ!! どうすんよっ?! こっちはコウちゃんのスマホの中までアクセスできんのよ!

 プレイリスト〝なんか良いヤーツ〟から『エイ◯アンズ』をfeat.アイリスで脳内再生しちゃう?》


「こ、このヤロウ……ふざけんな! そんな脅しに俺が屈すると思うなよ!」


 だが、アイリスは動じない。


《第二スキル【身体制御】を〝部分的に〟発動します》


 投げ捨てようとするが、アイリスを掴んだ手がまったく開かない。


「勝手にスキルまで使うな! は、離せ!」


《い、や、だ~! ウチはシャルルのアイリスだしぃ~!》


 脳内に響き渡る大音量の声。


「う、うるさい! 頭の中で大声で叫ぶな!」


 シャルルは猫耳を抱えながら叫ぶ。


「ど、どうしました?」


 アヤトが戸惑いながら、シャルルの様子をうかがう。


「部分的に身体制御スキルまで使ってきやがった。手から離れない!」


 シャルルは、アイリスを握ったままブンブンと手を振り回す。

 アヤトはしばし沈黙した後、苦笑いを浮かべた。


「えっと……僕には使いこなせなかった剣ですしね。

 総合的な戦力を考えたら、このままシャルルさんに使ってもらった方がいいかもしれません。

 それになんだか星詠みの剣もシャルルさんに懐いてるみたいですし……」


「剣にモテてもなあ」


 シャルルの手が、ゴツンと自分の頭を殴った。


「痛えな! 俺の手で俺を殴るな!」


《やられたらやり返す! インテリジェンス・ソード、舐めんな!》


「だいたい、アヤトくんの武器はどうするんだよ」


 アヤトは少し考え込んだあと、シャルルに視線を向ける。


「それじゃ、しばらくはシャルルさんのサーベルを使わせてもらっていいですか?

 あの踊り子……シセとかいう魔王軍幹部を倒せたサーベルだから信頼できます」


「なるほど。俺の身体が作られた時に生まれたサーベルだから、確かにそれなりの剣かもしれない」


 シャルルは納得したように頷く。


「じゃあ、アヤトくんがいいなら剣を交換しようか」


 そう言いながら、改めて手にした星詠みの剣――アイリスを見つめる。


「……って事だからアヤトくんにお礼ぐらい言えよ、アイリス」


 その瞬間――


《第二スキル【身体制御】を限定して発動します》


「え? あ?」


 シャルルの瞳が金色からエメラルドのような緑へと変わる。

 意思とは関係なく身体は動き、座ったままの姿勢で星詠みの剣を掲げる。

 

 そして、憂いを帯びたその瞳を、シャルル――アイリスはアヤトに向けた。


「アヤト……まずは、私を拾ってくれて、ありがとう」


 シャルルは、自分の口から勝手に出た言葉に、一瞬驚いた。


「あの暗い遺跡の奥で、私は何百年も、何千年も……

 ずっと、ずっとひとりだった。孤独だった……」


 わずかな沈黙が流れる。

 アヤトは驚きの表情を浮かべた後、アイリスの視線の高さに合わせるように静かに膝をつく。


「……あの暗い部屋には、誰も来ることがなくて……

 ただただ、永遠のような時間の中で、私は、自我を持つ置物の剣として、そこにいるだけだった……」


 シャルルは、自分の口を使って語られるその言葉に戸惑いながらも、アイリスの声には、深い寂しさが滲んでいるのを感じた。


「でも、あなたが来てくれた。私は変わった。

 アヤト、あなたが私を拾ってくれたことに、感謝してる……

 青空の下に連れ出してくれたことに、本当に感謝してる……

 世界の広さを教えてくれたことに、本当に、本当に感謝してる……」


 言葉とともに、心の奥にじんわりと温かい感覚が広がる。

 それがアイリスの想いなのか、シャルル自身の感情なのかは、分からなかった。


「それから……なんだかんだで、こうして一緒に冒険できたことも……すごく楽しかった。

 今まで一緒に、色んな景色を見てきたよね」


 シャルルは、自分の口から溢れ出す言葉に耳を傾けながら、アイリスの記憶が自分にも流れ込んでくるのを感じた。


「星詠みの剣……いや、アイリス……こちらこそありがとう。君のおかげで、僕もここまでこれた」


 アヤトは微笑み、しかし確かな想いを込めて応じる。


「アヤトの役に立たなかったこともあって、迷惑をかけたことも多かったと思う。

 ごめんね。でも、ありがとう。

 本当に、ありがとう……

 ずっと、この気持ちを伝えたかった……

 でも、私は……私は……でも、ウチは――」


 一瞬の静寂。そして、次の瞬間――


「ウ、ウチは――投擲武器じゃなあぁぁぁい!!!」


 アイリスの怒声が、剣の共鳴のように響き渡った。言うなれば、それは魂の咆哮。

 アヤトの表情が、一瞬にして変な形に凍りつく。


「え? ええええぇぇぇ!!!」


「マジでウチを投げんなし!!

 マジやられたわ〜! 剣としてのプライドがマジでズタズタだわ~!」


「あ、いや、その、あの時は仕方ないというか……」


「そもそもウチがせっかく未来予測してチャンス作ってんのに、ぜんぜん言うこと聞かないし!

 ウチが攻撃って言ってんのに、無理やり防御して相手に蹴られるとかマジでありえないんですけど!

 かと思えば、それをウチのせいにして!

 ウチのこと使いにくいからって、最初から投げつける方向で考えてたっしょ!」


「あ、えっと、いや、そ、それはですね……」


「てか、普段使いからして、めっちゃ言いたいことあるんだけど!」


「え、え~っと、それはどういう……?」


「はあああっ!? しらばっくれんな!

 ウチをペーパーナイフ代わりにしたことも、包丁代わりにしたことも、ウチはしっかり覚えてっからな!

 ってか、ウチでバターを切るなああああ!!

 あれ、本当に気持ち悪いんじゃああ!!」


「す、すみませんでしたあ!」


 アヤトは慌ててその場で土下座した。

 実に華麗な土下座であった。

 完璧人間の土下座とは、かくも美しいのかと感心するほどの見事な土下座だった。


「物干し竿代わりにされたことと、ドアストッパー代わりにしたことと……

 思い出した! 薪を割るのにウチみたいな宝剣を使うのって、人としてどうなんよ!

 後それとそれと――!」


 シャルルは、俯瞰した意識の中でため息をつく。


『あーあ……俺、せっかく感動してたのに……』


「ねー」


 どうやら、一緒に感動していたらしいボンボンも大きなため息をついた。


 アイリスの罵倒はまだまだ続く。

 アヤトも、どうやらなかなか雑な扱いをしていたらしい。

 だが、不満が溜まるほど一緒にいる時間が長かったということでもある。


 微笑ましくもあり、羨ましくもあり……


 シャルルはまだまだ続くアイリスの怒りの声に、そっと猫耳を傾け続けた。


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