第062話「人間同士の争いが始まるだろうよ」
西アルヴァリス砦を出発して二刻(四時間)後。
オウリィの商隊は、眼前に広がる異様な光景に目を奪われた。
地平線の彼方で、まるで天空が裂けるかのように巨大なキノコ雲がそびえ立っている。
青白い炎を帯びた煙はじわじわと天へと昇り、時間とともにその形を変えていく。
まるで地平線から生まれた怪物が、空を飲み込もうとしているかのようだった。
「何なんだ、あれは……」
低く唸るような声を漏らしたのは、傭兵隊『銀翼の鷲』の副隊長、レオフォルトだった。
鋭い隻眼を大きく見開き、荒野の彼方を睨む。
その隣では、隊長のセリーナが不測の事態に備え、剣に手を伸ばし、じっと空を見据えていた。
彼女の顔に刻まれた深い皺が、戦の勘を物語る。 張り詰めた沈黙の中、生ぬるい風が頬を撫でた。
次の瞬間――
突如として、遠くから低い轟音が響く。
初めは微かだった音が、じわじわと大きくなっていく。そして、それはやがて大地を揺るがし、商隊の馬たちが驚き嘶いた。
爆発の衝撃が、鼓膜を震わせる。目の前に広がる光景と、耳をつんざくような音が、現実を突きつけた。
誰もが混乱した。だが、セリーナは一瞬で状況を察知し、動揺する商隊の人々を制する。
馬を宥め、全員の動揺を沈めていく。
そして、衝撃が過ぎ去ったあと――
「誰も怪我はないね?」
セリーナの落ち着いた声が、その場にいた全員の緊張をほどいた。隊員たちは互いに顔を見合わせ、安堵の表情を浮かべる。
オウリィは静かにキノコ雲を見つめながら、小さく息を吐いた。
南エンサリア砦の方向――
その爆発の原因は、すでに分かっていた。
「オウリィの旦那、今のをどう見ます?」
セリーナが馬を降り、オウリィへと近づく。レオフォルトもまた、慎重な足取りでその隣に並んだ。
オウリィは細い目をさらに細めながら、ゆっくりと答える。
「位置的には南エンサリア砦の方向ですね。情報にあった勇者アヤト殿の魔法によるものでしょう」
「とんでもねえことになってきましたね、セリーナ隊長」
レオフォルトが苦笑しながら肩をすくめる。
「これで各国の呑気な貴族連中も気づいただろうさ。勇者ってのが、単に『不死身で頑丈な兵士』ではなく、人のカタチをした戦略兵器だって事にね。魔王軍なんかそっちのけで人間同士の争いが始まるだろうよ」
セリーナが呟く。その言葉に、商隊の面々は重苦しい空気を感じ取る。誰もが、あの爆発の規模を見た後では、否定する気にはなれなかった。
「ますます皆さんを危険にさらすかもしれませんが、我が商会は――」
申し訳なさそうに言いかけたオウリィを、セリーナが手で制する。
「私の行動原理は『それが愉快か、愉快じゃないか』ですよ、旦那。気になさらずとも最後までお供します」
「隊長、それを言うなら『我々の行動原理』じゃないですかね?」
レオフォルトが茶化すように言う。
「言うじゃないか、レオフォルト副隊長。さすが、唯一、私が戦争で勝てなかった男だけあるよ」
「よしてください、セリーナ隊長。そんなふうに褒められると、あなたに付けられた古傷がムズ痒くなる。
それに一騎打ちであなたに勝てた記憶はないですよ」
二人のやり取りに、オウリィは微笑む。
その時――
「おーい!」
遠くから声が響いた。
セリーナは目を凝らし、視線を遠くへやる。
偵察に出ていたマレクとエリサが、馬に乗りながらこちらへと駆けてくる姿が見えた。




