第060話「イグニッション!」
アヤトは大地を蹴った。
爆発するように踏み込むと、大地に刺さったサーベルの柄を掴む。
「これで終わりだ!!」
サーベルの刃が、地面すれすれから鋭い弧を描き、着地しようとするシセに向かって斬り上げられる。
「くっ――!」
シセは即座に腕をかざし、防御を試みる。
しかし、その腕を覆う銀色の腕輪ごと、一刀両断された。
「っ……!?」
何かを叫ぼうとしたその口から、言葉ではなく、青白い火花が弾け飛ぶ。
シセの全身が光に包まれ、腰に付けられた〝銀色の飾り〟に反射して輝く――
掠れた声が途切れる。
光の粒子が舞い散り、シセの身体を包んでいく。
「魔王様――!」
空気が張り詰める。シセの声が途切れ、光の粒子が儚く舞い始める。
その残響がかき消えるように、彼女の身体は完全に消滅した。
そして、遅れて銀色の腕輪が地面へと落ちると、静かに砕け散った。
「つ、疲れた……」
戦闘の終わりを確認し、アヤトは深く息を吐く。
サーベルを杖代わりに、力なく膝をついた。
勝利の余韻とともに、全身を覆う戦いの疲れ。
だが、その瞼の裏に、さっきの光景が蘇る。
シセの腰には、見慣れた〝銀色の飾り〟……あの懐中時計があった。
つまり、シセの正体は――
「って、それどころじゃなかった!」
視界の端に映る泥まみれのシャルルに気づき、慌てて駆け寄る。
「大丈夫ですか、シャルルさん?!」
泥まみれのシャルルが地面に顔を埋めたまま、微かに動いた。
「どっこい生きてる、泥の中……」
その冗談めいた一言に、アヤトは安堵の息を漏らす。
軽口を叩けるなら、命に別状はない。
改めて周囲を見渡すと、千を超える魔物たちが彼らを取り囲んでいた。
しかし――
シャルルを中心に、光り輝く半透明の障壁が展開されている。
魔物たちはその壁に阻まれ、前進も攻撃もできず、やけくそ気味に魔力の壁を叩いていた。
「リュシアンさんから連絡が入ってます。作戦を第三段階に移行せよ、とのことです」
「知ってる……けど、ごめん……もう身体が、動かない……」
「魔法障壁を展開してくださってるだけで十分ですよ
こんな強力な障壁は初めて見ました」
「魔法障壁……使えるの……今回だけ……女神様……怒ってる……」
「了解です。では、衝撃に備えてください。広範囲攻撃魔法をフルパワーで使います」
倒れたままのシャルルが、了解の意を示すように力なくサムズアップする。
それを確認し、アヤトは腰から青く輝く短剣を取り出すと、跪き、地面に突き立てた。
「座標同期完了――
出力最大。効果範囲は半径1キロメートルに――
チャンバー生成開始。空間テンソル、XYZ軸同期」
目を閉じ、静かに呪文を唱えるように口を動かす。
実際には、魔法の起動プロセスを言葉にして確認しているだけなのだが。
しかし、そのただならぬ雰囲気に、魔物たちはざわつき始める。
「チャンバー内、魔力圧縮開始。
圧縮率……88、89、90%」
瞬間、短剣を中心に重力が歪むような感覚が広がった。
空間にひび割れるような異音が鳴り響き、大地が揺れる。
魔物たちが本能的な恐怖に怯え、静かに後退を始めた。
「イグニッションプライム、起動」
青白いエネルギーが短剣を中心に渦を巻き、激しく跳ね回る。
稲妻のような光が弾け、地面を焦がしていく。
だが、辺りの空気は張り詰めるように静まり返っていた。
「セーフティーロック強制解除。カウントダウン開始。5秒前、4、3……」
最後の確認を終え、アヤトはゆっくりと目を開く。
そして、静かに、力強く宣言した。
「カタストロフィック・フレア……
イグニッション!」
次の瞬間、爆発的な青白い衝撃波が放たれた。
眩い閃光が音を飲み込み、戦場に広がっていく。
* * *
作戦の第三段階を見届けるため、リュシアンとシュラウザーは砦の高台より戦場を見つめていた。
「所詮、魔物は魔物ですな。勇者殿に反応し、一箇所に集まっています」
望遠鏡を覗き込みながらシュラウザーが呟く。
「我々の存在を忘れて、こちらの思惑通りに動いてくれるとはな。
なかなかどうして、醜い見た目に反して愚かでかわいい連中じゃないか」
魔物が蠢く地平線を見つめるリュシアンは、魔力の流れを感じ取り、眉を動かした。
「くるぞ」
リュシアンの呟きと同時に、地平線の彼方で大爆発が起こった。眩しい閃光が、まるで太陽が弾けたかのように大地を照らし、一瞬で周囲を包み込んだ。遅れて、耳を劈く爆音が轟き、爆風と衝撃波が砦を激しく揺さぶる。大地と空気を震わせるその様は、まるで見えない幾千もの獣が咆哮しながら駆け抜けるかのようだった。
閃光と衝撃が収まるのを確認し、リュシアンは閉じていた目をゆっくりと開く。
眼前には、稲光をまとった巨大なキノコ雲がそびえ立っていた。それは大地を焦がし、まるで灼熱の花を咲かせたかのように、禍々しい美しさで天空を覆っている。
視線を外すと、砦の兵士たちが呆然と立ち尽くしているのが目に入った。彼らの表情には恐怖と驚きが入り混じり、誰もが言葉を失っていた。
「なんて威力だ……夢でも見ているのか……?」
歴戦の猛者であるシュラウザーでさえ、その顔に明確な恐怖を浮かべて呟いた。鼻腔には、焦げた金属と焼けた土の臭いが漂い、爆発の威力が現実であることを嫌でも実感させた。
「聞いていたより威力が大きいな……恐らく、これが最大出力なのだろう」
リュシアンは目を細めて上空を見上げた。防衛部隊が展開した四重の対魔法防御結界のうち三枚が砕け散り、光の粉を振りまいている。その光景が、爆発の凄まじい衝撃を物語っていた。状況が落ち着き、現地の調査に入れようになるまでに、数刻から一日ほどかかるかもしれないが、それでは遅すぎる。多少の危険を冒してでも勇者の状態を一刻も早く確かめる必要があるのではなかろうか。
「門を開けろ。部隊を編成し、周囲の残敵の掃討に向かえ。私は勇者殿を迎えに行ってくる」
「おひとりで、ですか?」
「今からあの爆心地に行けるのは、人造勇者ぐらいだろうさ」
リュシアンは自嘲気味に笑うと、地平線に見える悪夢のような光景に目をやった。熱波により蜃気楼が現れ、異様に歪んだ風景が浮かび上がっている。それにより、木々や岩がまるで踊っているかのように揺れる様は、まるでこの世に地獄が現れたかのようにも見えた。




