第058話「警告! 以降はユーザーの介入が制限されます」
シャルルは星詠みの剣を振るい、魔物たちと交戦していた。
「せっかくアヤトくんの近くまでたどり着いたけど、あんまり状況が変わらないな。
このままじゃふたりとも袋叩き確定じゃん!」
迫りくる魔物たちの攻撃を華麗に躱し、星詠みの剣を一閃する。さらに素早くピストルを抜き、応戦するが、敵の数は減るどころか増え続ける一方だった。
「魔物たちが、どんどん集まってきてますね」
ボンボンが目の前で小さな魔法陣を展開する。空中に映し出された戦況は、絶望的だった。
《でも、あいつら、わざと手抜いてるっぽくない?》
シャルルは周囲を見渡す。
「そうなの? ――っていうかアンタ、誰?!」
思わず謎の声に問いかける。ボンボンが不思議そうな顔を向けた。
「シャルルさん……誰と話してるんです?」
怪訝な顔をしながらも、近寄ってくる魔物を斬り倒しつつ、猫耳を押さえる。
「やっぱり俺にしか聞こえてないってこと?」
《ウチの声、アヤトにも聞こえてないんよね。困ったもんだわ》
「だから誰よ?」
シャルルは剣を振るいながら見えない相手に再び問いかけた。
《あはは、さっきからウチのことを振り回しながらそれ聞いちゃう?》
「んんん~?」
ふと、シャルルは手にした星詠みの剣をまじまじと眺める。
《ちょっと、ガン見やめてよ~》
アヤトのそばにいる時だけ、この声が聞こえた。
逆に、彼がいない時は、まったく聞こえなかったのではないか。
「今までの声は、アンタだったのか?!」
《やっほ~! ウチ、星詠みの剣っ♪ ヨロシク〜!》
「つか、何なのその口調?」
《え? いや、ウチは普通に喋ってるつもりなんだけど?
変に聞こえるなら、そっちのせいじゃない?
シャルルっちの脳内でウチの声が変換されてるだけだからさ~》
「お、俺のせい? ひょっとしてアレか?
俺が理解できない存在っていうのが、変に作用してるとか?」
《いや、ウチは知らんし》
ボンボンが心配そうにシャルルの周りを飛び回る。
「シャルル……尾本さん、大丈夫ですか? 頭でも打ちました?」
「え~っと……
星詠みの剣の声が俺にだけ聞こえるみたい。しかも、ギャル語っぽく」
ボンボンのつぶらな瞳が、不審者でも見たかのように細められる。
「……女神ドン引きです」
「そんな目で俺を見ないでくれ~!」
《それより聞いてよ! さっきアヤトに投げ飛ばされたんだけど!
マジひどくない?!》
「あ、後でアヤトくんには言っておくから、その口調を本当になんとかしてほしい!」
《知らんし~ それより少し右に動いたほうがいいよ? 30センチぐらい右に》
「え? こ、こう?」
シャルルが雑に右へ移動すると、後方から飛んできた矢が頬を掠め、前方で突進してきたガウムの眉間に突き刺さった。
「うわ! 超便利~」
「驚いた! 本当に星詠みの剣の声が聞こえてるんですか?」
《てか、星詠みの剣って名前、長くて呼びにくくない?
新しい名前つけてほしいんですけど!》
「え? 今? んじゃあ、俺が好きな花って事で……アヤメは?」
襲いかかってくるヴァルガンの剣を受けながら、呻くように言う。
《なんか地味くない?》
「なんだと、コノヤロウ! 全国のアヤメさんに謝れ、コノヤロウ!
じゃあ、アイリスならどうよ?」
ヴァルガンを蹴り飛ばしながら、星詠みの剣に話しかけた瞬間――
《インテリジェンス・ソード・No.13【星詠みの剣】が、アバター・シャルルによって、ネームドウエポン【アイリス】に変更されました。ボイス・システムの制限を解除します》
「うわっ! 急に声色を変えるなよ!」
「あ、星詠みの剣の声が私にも聞こえました!」
「本当に? そりゃ良かった」
《続けて、ネームドウエポン【アイリス】の簡易運用マニュアルを脳内に転送》
次の瞬間、脳に電撃のような感覚が走る。
「あばばばばば!」
目を閉じると『A』と書かれた水色の簡易運用マニュアルが脳裏に浮かぶ。
見たこともない本が頭の中で再現される異様な感覚に、うなじがゾワリとする。
《アイリスの第三スキル【Great Anticipation Logic:高度予測能力】が使用可能になりました》
「グ、グレート・アンティシペーション・ロジック?
Anticipationって『対処可能な未来の予測』って意味だっけか?
っていうか、それって略したらGALじゃん!」
《第三スキル【高度予測能力】を使用しますか?》
「もうどうなってもいいや!
――YES! 使用します!」
瞬間、シャルルの視界が変わった。
周囲の時間がゆっくりと流れるように感じ、目の前の魔物たちの動きが手に取るように見えた。それは予測ではなく、まるで未来を視ているかのようだった。
「うお! な、ん、だ、こ、れ……!?」
目の前に迫るヴァルガンの剣がゆっくりと振り下ろされる。シャルルは軽く身体をずらすだけで、その攻撃をかわした。
「こ、これが【高度予測能力】か!」
《すごいっしょ~?》
複数の魔物が一斉に襲いかかる。しかし、それらの動きもすべて先の未来として視界に映っていた。
足を動かす前に、どの角度から攻撃が来るかが分かる。腕を振る前に、どの敵が次に動くかが分かる。まるで、己がこの戦場の支配者になったような錯覚を覚えた。
シャルルは余裕の表情で、アイリスを振るう。
敵の斬撃が迫るよりも先に、カウンターの一閃が走った。ヴァルガンの剣がシャルルを捉える前に、その身体を真横から断ち切る。次の敵が槍を突き出すより前に、その喉元へと銃弾を撃ち込む。
「うおおお! これ、すげぇぇ!」
《これでシャルルっち無敵!》
その言葉通り、魔物たちは全くシャルルに触れることができなかった。まるで、あらかじめ決められた未来通りに、シャルルだけがスムーズに動いているかのようだ。
剣を振るう。銃を撃つ。敵が倒れる。
そのすべてがまるで予定されていた出来事として、寸分の狂いなく進行していく。
しかし——
《あ、そろそろ限界近いかも》
「うそん。無敵時間が短すぎぃぃ!」
《そっちの魔力量が少なすぎるのが原因だし~
それにウチもアヤトにスキル使いまくったし~》
「ど、どうしたらいい!?」
《てか、そもそもシャルルっちが高度予測能力を使いこなしてないじゃん。
予測するの、敵の攻撃だけじゃなくない?》
その言葉に、シャルルは脳内に転送された簡易運用マニュアルを思い出す。
――この能力の本質は〝対処可能な未来の予測〟だ。
敵の動きだけでなく、戦場全体を俯瞰する。
視界の端には、素手で戦うアヤトの姿がある。
そして、シャルルは悟った。
——50秒後、作戦が第三段階に移行する。
——180秒後、戦況をひっくり返す最適解が見つかる。
「よし! GAL解除!」
《第三スキル【高度予測能力】を解除します》
シャルルの瞳の緑色が消え、元の金色へと戻る。
「続けて第二スキル【身体制御】をリミッター解除で発動!」
《第二スキル【身体制御】がリミッターを解除した状態で実行されます。
ユーザーに代わり、アイリスがアバター・シャルルの全制御を行います。
警告! 以降はユーザーの介入が制限されます。
――よろしいですか?》
「YES!」
シャルルの表情が消え、動きが一瞬止まる。
その直後——
シャルルの視点が、背後へと移動する。
「幽体離脱――いや、違う!」
シャルルの身体が精密な動きで跳躍し、近寄る敵に剣を振るった。
目の前では、シャルルが別人のように戦っているのに対し、自分はスーツ姿の尾本コウとなり、腕組みをしたまま、透明な存在として宙に浮いている。組まれた腕は何故か解けないところが気持ち悪い。
『――なんなの、これ?』
《第二スキル【身体制御】をリミッター解除で実行。
人格としてのシステム・アイリスが起動しました。
アーカイン・コア正常起動中。
ヘスフィオンの干渉を確認――リンク、切断。
アバター反応速度、強化完了。
剣術スキル・ブースト・オン。
全魔法回路を戦闘モードで接続。
魔力抑制が解除されました。
マルチタスクモード、第一スキル【先読み】を同時並行で実行します。
セーフティロック解除》
戦場の空気が張り詰める。
シャルルの金色の瞳が、冷たく無機質な赤い輝きを宿す。
まるで嵐の前の静寂。戦場がシャルル――アイリスの覚醒を察知し、息を潜めているようだった。
曇り空を突き抜けた微かな陽光が剣の刃に反射し、一瞬だけ光の筋が走る。
剣をわずかに傾け、アイリスは静かに呟いた。
「――戦闘、開始」
次の瞬間、戦場の空気が震えた。




