第055話「お前のその動き……」
シセの動きは閃光のようだった。
彼女のシミターがアヤトの星詠みの剣とぶつかるたびに、澄んだ音が戦場の喧騒を突き抜けるように響く。シセの剣技は異常なまでに洗練されており、無駄な動きは一切ない。
「お前のその動き……何か妙だな?」
シセが不思議そうに首を傾げた。アヤトの動きに何か違和感を感じ取ったのだ。しかし、アヤトはそれを悟られまいと、不敵な笑みを浮かべる。
「そんなこと言ってる余裕があるのか?」
その言葉には、虚勢が混じっていた。先程シャルルの首を狙った攻撃を防げたのは、実際のところアヤト自身の実力ではなかった。星詠みの剣が発揮する【先読み】の効果によるものだ。一見有利に見えるが、剣から送り込まれる膨大な未来予知の情報に対し、剣の持ち主が応えられるかは別の問題である。
「ふふ、面白い」
シセの微笑は、戦場に不気味な静けさをもたらす。次の瞬間、彼女の体は舞台に立つ踊り子のようにしなやかに動き始めた。背を反らし、片手を地面に付けて宙を舞うと、滑らかにバック転を繰り出す。その優美な動きに、アヤトは一瞬目を奪われた。しかし、振り下ろされるシミターが視界に入ったことで我に返る。
「くっ!」
シミターを受け止めたものの、シセの動きは止まらない。剣撃と蹴りを織り交ぜた連続攻撃が、旋風のようにアヤトを襲う。回転しながら足を振り上げた鋭い蹴りが、アヤトの脇腹を直撃する。激しい痛みが走ると同時に、彼女の靴先に仕込まれた鋭利な刃を見た。
シセの連続攻撃が続く中、アヤトは無意識に横目でシャルルを追う。
だが、シャルルもまた敵に囲まれ、集中攻撃を受けている。援護を期待するも、その距離は広がるばかりだ。焦燥感がアヤトの胸を締め付ける。
「くそ……こんな時に!」
アヤトの焦りが、顔と声に出た。その隙を見逃すはずもなく、シセは冷たく笑みを浮かべながら次々と攻撃を繰り出す。
「どうした? 動きが鈍っているぞ」
彼女の冷たく響く声には、遊び心さえ感じられた。優雅さと残酷さが同居するその動きは、アヤトを圧倒していく。シミターが振り下ろされると同時に、蹴りが飛び、斬り上げられるかと思えば拳が迫る。
アヤトは焦りと恐怖が増していくのを感じていた。【先読み】の膨大な情報が脳内に押し寄せるたび、体が思うように動かなくなっていく。
――体が、ついていかない!
星詠みの剣は、アヤトが未来予知に対応できないと判断し、第二の能力である【身体制御】を発動させ、彼の身体の動きを微調整し始めた。
アヤトが剣を振るうたびに、彼の意志とは無関係に筋肉が反応し、攻撃の軌道を変更する。その恐怖は、ただ戦うこと以上に彼を追い詰めていた。シセの攻撃は次々と変化し、アヤトは剣の指示と自身の闘争本能の狭間で焦り始める。
シセのフェイントに対し、アヤトは防御を選んだが、星詠みの剣は攻撃を優先。身体の動きが噛み合わず、彼はシセの蹴りをまともに受け、大きく吹き飛ばされた。
「ふふ。やはりな」
踊るような動きを止めたシセが、左腕の銀色の腕輪を輝かせながら髪をかきあげる。
そして勝利を確信したかのように無感情な笑みを浮かべると、アヤトの焦りと不安をさらに掻き立てた。
――こちらの弱点に気づいているのか?
連続攻撃に反応して、星詠みの剣はまるで波のように押し寄せる未来予知の情報をアヤトに送りつける。
しかし、その波に溺れるかのように、彼の身体は徐々に動きが鈍くなっていく。
剣が選ぶ行動と、アヤト自身の闘争本能が食い違い、体はふたつの異なる意志に引き裂かれるかのように混乱していく。
このままでは、最終的に星詠みの剣が送りつけるのは、冷たく確定された『死』の未来だ。
――まずい!
アヤトの恐怖を感じ取ったかのように、シセは瞬時に間合いを詰めた。振り下ろされる剣を、アヤトは辛うじて受け止め、弾き返す。その直後、『後ろに躱せ』という剣の指示が脳裏に響き、彼は反射的に身体を逸らす。
だが、その瞬間にはもう遅く、シセは滑らかにバック転を繰り出し、靴先の刃でアヤトの頬を浅く切り裂いていた。
シセの動きは完璧だった。一瞬の隙もなく襲い来る攻撃と、次々に叩き込まれる【先読み】の情報。
アヤトはそれに対応しながら、体力と気力をじわじわと削られ、確実に追い詰められているのを感じた。
この事態を何とかするには、短期決戦に持ち込むしかない。あるいは――




