第054話「勇者のくせに物騒な女じゃのう……」
空は薄曇りに覆われ、荒れ地に鈍色の光が差し込んでいた。湿った土の上には無数の足跡が刻まれ、剣戟の音が戦場に響き渡る。
——ここは、戦場の只中だった。
魔王軍とエンサリアの兵士たちが入り乱れ、剣と槍が交錯する。戦士たちの怒号が飛び交い、炎が舞う。爆発音が響き、倒れた兵の鎧に泥と血がこびりついていた。
その喧騒の中、勇者と魔王軍幹部が静かに対峙していた。
シャルルとアヤト。その正面に立つのは、ターコイズブルーのきらびやかな衣装をまとった踊り子。そして、コウモリのような翼をもつひとつ目の黒い毛玉の魔物……
シャルルはじっと彼らを見つめる。このふたりからは敵意というか、禍々しいものが感じられないことに、少し違和感を覚えた。
——これが、魔王軍? 人類の敵なのか?
不思議な感覚にとらわれていると、不意にひとつ目の魔物が口もないのに喋りだした。
「はじめまして、勇者たちよ。 ……とは言っても、わしは何度もお前たちを見ておるから、今更という感じなんじゃがな。
わしの名はザルバス・ドローン。こっちの仏頂面の女はシセじゃ」
「……アヤトくん、アヤトくん!」
シャルルは猫耳をぴくりと動かしながら小声で話しかける。
「俺、魔物が喋るの初めて見たかも。あいつ、口ないのにどうやって喋ってんの?」
「……シャルルさん、もうちょっと緊張感を持ってください」
アヤトがこめかみを抑え、ため息をつく。
《さすがシャルルっち。余裕じゃん》
突然、謎の声が頭に響いた。シャルルは反射的に猫耳を押さえ、周囲を見渡した。
「ザルバス、余計な話はするな」
シセの静かな声が響く。しかし、ザルバス・ドローンは飄々とした様子で言葉を続けた。
「よいではないか、シセよ。 どうせこいつらは倒した所でしつこく何度も復活するんじゃ。 これから長い付き合いになるだろうから、自己紹介ぐらいあってもいいだろうよ」
「……あ、その事なんだけど、ひとつ聞いてもいいかな?」
シャルルは少し考えながら尋ねる。
「そちらも倒したら復活するの? 他の魔物みたいに」
ザルバス・ドローンは愉快そうに笑った。
「ほっほっほ、わしのこの身体は借り物よ。シセも何度でも復活する。残念だったの——」
ザルバス・ドローンが言い終わるより前に、乾いた銃声が鳴り響く。シャルルの引き抜いたピストルの銃口から、一筋の白煙が揺らめいていた。
ザルバス・ドローンは青白い光の粒となって空中で弾け飛ぶ。それが戦闘開始の合図となった。
シセが滑るように踏み込み、シミターが閃く。狙いはシャルルの首元。
――速い!
シャルルが反応するよりも早く、金属音が音叉のように戦場に響き渡る。
すんでのところで、アヤトが前に飛び出し、剣でその斬撃を受け止めていた。
「ほう? 今のを防げるのか」
細められたシセの紫の瞳がわずかに興味の色を帯びる。
「あっぶね! 剣技スキル50%で対応できなかった!
アヤトくんのフォローがなかったら死んでたかも」
シャルルは投げ捨てたピストルの代わりに、バックステップしながらマスケット銃を取り出した。
「ちょっとシャルルさん!」
アヤトが叫ぶ。
「いったい、どういう情緒してるんですか!? 今のは撃つタイミングじゃないでしょ!」
シャルルは肩をすくめながら応じた。
「いや、身体は借り物って言うから、撃っても大丈夫なのかなーと」
アヤトがシセのシミターを弾き返し、わずかに距離を取る。そのタイミングを見計らい、シャルルのマスケット銃が火を吹いた——ただし、弾は大きく外れ、威嚇射撃に留めている。
シセは動じることなく言葉を発した。
「少々、厄介な相手だな。ザルバス、こちらも伏兵を出せ」
「言われるまでもない」
頭上からザルバス・ドローンのしわがれた声が響く。
「え?」
シャルルが目を上げると、空中に二体のザルバス・ドローンが待機していた。
「マジかよ。あの目ん玉コウモリって、何体も予備があるパターン?」
「出番じゃ! 出てこい、ヴァルガン!」
次の瞬間——湿った大地が爆ぜ、泥が飛び散る中、五体のトカゲ兵が勢いよく姿を現した。
彼らはショートソードを構え、シャルルに向かって一直線に駆け出す。
「しかも、敵も伏兵を用意してたとはね」
シャルルは忌々しげに舌打ちした。
「シャルルと言ったか? 勇者のくせに物騒な女じゃのう……」
呆れたようなザルバス・ドローンに、シャルルは即座に返す。
「いや、男ですが?」
「はー?」
ザルバス・ドローンが巨大な目を見開き、困惑した声をあげた。




