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第053話「頼もしいね」

 森の中に、静かな緊張感が張り詰めていた。

 マレクとエリサは馬を降り、岩陰に身を潜めながら、前方の魔物の群れを観察する。


 その数は五匹――


 先頭を行くのは青黒い毛並みを持つ巨体の魔物だ。

 獅子のような頭部に真紅の瞳。背中には巨大な黒い剣を背負い、ただならぬ雰囲気を纏いながら歩を進める。

 目を引いたのは、その肩に人間が腰掛けていることだろうか。それは、漆黒のローブを纏った老人で、白く長いヒゲが目を引く。手にした杖には青結晶の玉が埋め込まれており、つばの広い円錐形の帽子から、まるで御伽話の中から出てきたような魔法使いのように見えた。


 そして、その後を、人間ほどの体格を持つ赤毛の犬頭の魔物が四匹が続く。

 彼らは慎重な足取りで、奇妙な神輿を担ぎながら森の中を進んでいた。


 その神輿には、薄青く輝く二メートルほどの結晶体が、黒い台座に固定されている。

 そこから二本の長い棒が伸び、犬頭の魔物たちはそれを肩に担いでいた。


 神輿は、その棒を除けば宗教儀式の祭壇のようにも見えるが、何か禍々しい。

 その異様さに、マレクは無意識に眉を寄せた、その瞬間だった。


 先頭の青黒い毛並みの獅子頭の魔物が、ふと歩みを止め、こちらに顔を向ける。

 赤く輝く瞳がじっとこちらを見つめてきた――ような気がした。


 ――バレたか?


 マレクは無意識に喉を鳴らし、岩陰に身を縮める。

 だが、獅子頭の魔物は何もなかったようにゆっくりと進行を再開し――マレクは静かに息を吐いた。


「あいつら、南エンサリア砦に侵攻中の魔王軍からはぐれたのかな?」


 思わず呟くと、隣で岩陰に身を寄せていたエリサが囁く。


「マレク、あまり顔を出さないでください。魔物に気付かれます」


 エリサは栗色の長い髪をポニーテールにまとめている。

 青い瞳は鋭く、戦場に慣れた傭兵特有の冷静さを宿していた。

 艷やかな色黒の肌が、木漏れ日を反射している。


 マレクは彼女の言葉に従い、岩陰にその身を引っ込めた。


「今は敬語をやめてよ、エリサ。なんだか落ち着かない」


 エリサはわずかに眉を寄せ、大きくため息をついた。


「今のアンタは、私たちの雇い主であって、同じ傭兵部隊の仲間じゃないんだからさあ。見習いとは言え、少しは商人としての自覚を――」


「ここで説教はやめようよ。それこそ敵に見つかる」


 マレクが軽く口を挟むと、エリサは「アンタのせいだろ」と言いかけて、言葉を飲み込んだ。

 代わりに魔物の群れに視線を向け、静かに呟く。


「はぐれた連中にしては、落ち着き払ってるのが気になるかな。別働隊かも。

 担いでいるのは、宗教儀式に使うような物に見えるけど、正体不明。

 向かっている先は……あのヘンテコな形をした岩山?」


 独り言のように、自分に語りかけるような口調。

 エリサはこうして自身の考えを整理する癖があった。


 マレクは視線を上げ、その岩山を見つめる。


 それは、まるで鍾乳洞を裏返したかのように、天に向かって鋭い岩のトゲを伸ばしている。

 そして、その麓には、石造りの巨大な要塞がそびえ立っていた。


「確か、高出力の魔法を使う時の源になる青結晶とかいう鉱物が採掘される鉱山だったはずだよ。

 名前は、そう……クワリオス鉱山だったかな?

 15年ぐらい前、エンサリアの魔法実験中に大爆発が起きて、あの変な地形になったんだとさ」


 エリサが怪訝そうに眉をひそめる。


「地形を変える大爆発って……吹き飛ばすんじゃなくて山の形が変わったってこと?

 何をどうしたらそうなるのよ」


「さあね。その爆発のせいで魔物が大量発生したとも聞くよ。

 エンサリアとアルヴァリスの戦争が一時期激化したのも、それが原因だと言われているね。

 責任の押し付け合いっていうか……」


 エリサは不機嫌そうに鼻を鳴らした。


「馬鹿みたい」


「同感だね。ついでに言うと、水上都市ネレイアも、その頃にできたらしいから、爆発と何か関係があるかもしれないっていう噂」


「どうも私は、魔法ってのが好きになれないなあ。

 ……まあいいや。それで、あいつらは鉱山を奪い返しに来たってこと?」


「たったの数匹で? それはないと思うよ。クワリオス鉱山には砦があって、エンサリア共和国軍の常備軍一個大隊が駐屯してるんだってさ。それに砦に何かあったらすぐに本国から増援もくる距離だからね」


 『常備軍じょうびぐん』とは、平時には農民を中心に戦時のみ動員される徴募兵ちょうぼへいとは異なり、平時から維持されている『正規の軍隊』だ。

 彼らは国家や領主によって組織され、城塞や国境の防衛、反乱鎮圧、警備任務など、専門的な軍事活動に従事している。


「エンサリアの一個大隊ってことは、五百人規模の魔法化部隊か。それだけの規模の部隊が籠城戦をするとなると、五匹程度での攻略は絶対に無理」


「そういう事。籠城する相手と戦うなら、勝つのに三倍以上の戦力が必要だからね。

 つまり、1500人規模の軍団がいるわけだ。その規模の魔王軍が動き出したら、すぐに本国と南エンサリア砦が応援にくるだろうね。前後から総攻撃だよ


「となると、どうやってもあの砦は攻められないわけだ。すると、別の算段があるってわけ? あの変な神輿に何か秘密があるのかな?」


「どうだろう? とりあえず、この情報をオウリィ様に伝えて判断を仰ごうか」


 エリサはしばらく魔物たちの動きを観察していたが、やがて静かに息をつき、マレクを振り返った。


「……わかりました、マレク。私の後についてきてください」


 彼女の声は落ち着いていたが、すでに〝商人の護衛〟としての意識に切り替わっているのがわかった。


 エリサは視線を周囲に走らせながら、慎重な足取りで馬へと戻ろうとする。

 その動きは無駄がなく、冷静そのものだ。


「頼もしいね」


 頼もしさと同時に寂しさも感じ、マレクは小さくため息をついた。

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