第051話「戦場に咲く華か……」
突撃合図の角笛が、戦場に轟いた。
俺は瞬時に頭上を覆っていたカムフラージュ用の布を弾き飛ばし、槍と盾を構える。視界が開けた瞬間、辺りを確認した。
俺と同じ伏兵部隊の兵士たちが、次々に蛸壺から飛び出し、雄叫びを上げながら駆け出していく。
戦場の空は薄曇り、踏み荒らされた黒土の荒野は湿っている。
敵との距離はたったの三十メートル。予想よりも近い。前方に展開する魔王軍は、弓兵隊のエンチャントアローによる攻撃でその数を減らしているはずなのに、七割以上が戦える状態に見えた。
「弓兵隊め、手を抜きやがったのか!」
俺は舌打ちすると、槍を構えて駆け出す。
その時、犬頭の魔物が三匹、槍を構えてこちらへ向かってきた。
醜悪なツラだ。だが、こいつらとは何度も戦った経験がある。
――勝てる!
そう確信した瞬間、俺の目の前に異質な影が躍り出た。
滑らかな鱗を持ったトカゲ兵だ。
トカゲ兵はショートソードを構え、低い姿勢で突撃してくる。
「なっ――!」
事前にトカゲ兵のことは聞いていたつもりだが、俺の予想を超えた動きに思考が追いつかなくなる。
――これは死ぬ! もっと真剣に話を聞いておくべきだった!
死神の鎌が俺の首を捕らえたと思った瞬間だった。
俺の横を一陣の白い影が駆け抜ける。
猫の魔物――いや、人間か!?
すぐに思い出す。作戦前にトカゲ兵の説明をしてくれた相手。「男です。おっさんです」とか、強烈な挨拶をかましてきた勇者の少女だ。
シャルルとかいう聞いたこともない響きを持つ名前。そして、可憐で美しい姿は忘れられない。
トカゲ兵は、飛び出してきたシャルルに驚いたようで、その動きを鈍らせる。
その一瞬の隙を、シャルルは見逃さなかった。
「お前らは、もう対策済みなんだよ!」
シャルルがトカゲ兵と同じく低い姿勢――いや、それ以上に低く、速く、そして猫のようにしなやかな動きで突撃していく。トカゲ兵は、衝突を回避するように慌てて軌道をずらした。
シャルルはそのまますれ違いざまに、トカゲ兵の首を切り裂く。
トカゲ兵の巨体が、一瞬の間をおいて青白い炎をあげ、次の瞬間には跡形もなく消滅した。
「低い姿勢からの素早い剣撃ってのは、立っている相手には有効なんだろうけどさ――」
シャルルが振り向くことなく、口元だけをニヤリと歪める。
「同じ戦い方されたら対処できないだろ」
言い終わる前にシャルルは次の獲物へ向かっていた。
突撃してくるシャルルに、犬頭の魔物が慌てて長槍を突き出す。
しかし、シャルルの動きはそれよりも遥かに早かった。
槍の穂先を軽いステップで躱し、空中で舞うように身体を捻らせながら、左手に持った飛び道具――
勇者専用の『ピストル』とかいう武器で犬頭の魔物の眉間を撃ち抜き、青白くその身体を爆散させる。
シャルルは着地と同時にピストルを投げ捨てた。そして犬頭の魔物たちの間を、低い姿勢のままジグザクに駆け抜けながら、次々と敵の身体を切り裂いていく。
長槍だけを持つ魔物たちは、懐に入り込んだシャルルに、なすすべなく倒されていった。
シャルルの動きには、一切の無駄がない。
戦場にいくつもの青白い光が花を咲かせ、次の瞬間には黒い消し炭を散らして燃えてなくなる。
その光景を見ながら、俺は思わず口を開いた。
「戦場に咲く華か……」
それは一方的な殺戮でありながらも、まるで青白く光る花園を背景にした少女一人による舞踏会のようだった。




