表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
67/93

第049話「Author Nameは『Godot』」

 シャルルは頭上の布の端を指先でそっとつまみ、ゆっくりと持ち上げた。


 通称『タコツボ』と呼ばれる狭い一人用の塹壕(ざんごう)の中に、わずかに外の光が入る。

 細い隙間の先に広がるのは、混沌と化した戦場だった。

 エンサリア共和国の弓兵たちが放った矢が空を裂き、魔王軍の陣地で爆発を起こしている。

 衝撃が空気を震わせ、遠くで響いた爆音が塹壕の底にまでこだましていた。


「すげえな……まるで迫撃砲(はくげきほう)だ」


 思わず呟くと、肩に乗ったボンボン――女神が小声で答える。


「魔法攻撃を見るのって、はじめてでしたっけ?

 魔力を矢に付与して打ち込むんだそうですよ。飛距離が伸びるだけじゃなくて、着弾と同時に爆発するとか」


 言われて警備隊の防衛陣地に猫耳銃士の目を凝らす。

 弓兵部隊の背後では、ローブを纏った魔法師たちが一心不乱に呪文を唱えているのが見えた。


「俺の想像してた魔法と違うね。

 ゴニャゴニャと厨二病的な呪文を唱えて、火の玉でもぶっ放す感じだと思ってた」


「そういう攻撃魔法もありますけどね。

 エンサリア軍では、こっちのスタイルが主流みたいですよ。

 やっぱりコスパって大事ですよね」


 続いて敵陣に視線を移す。

 犬頭の弓兵たちの後方では、戦場の混乱をよそに、ひとりの女が歌いながら舞っていた。


 爆発の閃光が影を伸ばす中で、彼女だけが別世界にいるかのようだ。


 なめらかに腕を広げ、指先までしなやかに揺らしながら、まるで風と戯れるように踊る。

 激しい戦場にありながら、その姿には荒々しさの欠片もなく、むしろ神秘的な美しさすら感じさせた。


 歌声は柔らかくも激しく、怒号や爆音をかき消すように戦場を満たしていく。


「あれがアヤトくんが言ってた踊り子ってヤツか……

 なんであいつは戦場で踊ってるんだろう? まさか応援ってわけじゃないよなあ」


 ボンボンがシャルルの隣に並び、隙間からその光景を眺める。


「……おそらく、魔王軍の弓矢に魔力を付与するための儀式でしょうね。

 歌声と踊りを通して魔法の力を呼び込んでいるみたい。

 ああいったスタイルの魔法ははじめて見ますけど、たったひとりで広範囲の魔力付与を行っているあたり、かなり強力ですね。

 エンサリア軍の使う魔法に似ていますが、根本的に違う魔法体系のようです」


 シャルルはマントの中から、カムフラージュ用の布を巻いたマスケット銃を取り出した。

 猫耳銃士の目には、標的となる踊り子の姿がはっきりと映っている。


 照準を合わせ、引き金に指をかけ――動きを止めた。


「この距離からでも当てられるとは思うけど……

 やっぱ、ヒトの形をしている相手に銃口を向けるのは無理だわ」


「サバゲーでは普通に銃を向けていたのでは?」


「いや、あれはBB弾だし。当たっても痛いだけだし」


 シャルルがマスケット銃を引っ込めると、ボンボンは呆れるように微笑む。


「そういうの、尾本さんらしいですね」


「さてさて。どうすっかなー

 魔王軍の幹部とやらも、やられたら復活するんですかね?

 だったら心置きなく戦えるんだけどな」


 シャルルの問いかけに、ボンボンは目を伏せる。


「そうですね――」


 ボンボンの目の前に小さな魔法陣が現れ、ゆっくりと不規則に回転を始める。


「――ダメです。魔王軍幹部のデータはサーチできません。強力なプロテクトがかかっていますね」


「そうなると戦いにくいな。ボルグニルさんに頼んで、非殺傷兵器を作ってもらうか」


 そんなことを考えていると、犬頭の弓兵の一団が突撃を開始した。

 矢を撃ち尽くしたらしい。弓を投げ捨てると同時に剣を抜き、咆哮を上げながら突進する。


 その背後では、まだ矢の残る弓兵たちが、魔力を込めた矢を次々と射出していた。

 戦場全体が怒号と爆音に包まれ、大地が震える。


「それに引き換え、あっちは殺る気まんまんだなあ」


 魔物を観察していると、違和感に気づいた。


「……ん? そもそも弓兵やってる犬頭の魔物、こないだ戦った時よりデカくね?」


「それ、私も気になったんですよね」


 ボンボンが再び魔法陣を展開し、静かにサーチをかける。


「魔物は解析できるみたいです。

 ……データ・サーチ完了しました。

 以前に戦った犬頭の魔物を強化した種族が500匹ほど混ざっていますね。

 小型の犬頭は『ガウム』。

 強化して大型化された犬頭は『ハイ・ガウム』。

 トカゲ兵は『ヴァルガン』というらしいです。

 そして、Author(制作者) Nameは『Godot(ゴドー)(神もどき)』。

 ……さすがにイラッときたかも。神である私にケンカ売ってんですかね?」


「ん? ちょっと待って。強化したって、どゆこと?」


「魔王軍の魔物たちはすべて、人為的に作られてるんですよ。

 彼らの都合に合わせて作った生き物っていう意味です。魔物を生物と呼んでいいかは疑問もありますが」


 ボンボンのつぶらな瞳が不快そうに細められる。


「魔物は自然発生じゃない?」


「神の常識外の生物ですね。あの謎の踊り子も込みで謎だらけ。

 そもそも、この世界の管理者である私にもサーチ不能って……

 魔王って何者なんでしょう」


「まいったな。ここにきて不安要素が増えるとは……」


 シャルルは塹壕の蓋となっている布を戻すと、自分の不安を払拭するようにわざとらしくおどけてみせた。


「まあ、どんな魔物であっても、これまで何度も勝ってきたじゃないですか。

 気休めかもしれませんけど、シャルルさんなら心配はないと思いますよ」


「女神様は気休めがお上手ですなぁ」


 シャルルはマスケット銃を抱きしめ、闇の中でじっとうずくまる。

 塹壕の中にまで爆発の振動が響き、頭上からパラパラと砂が降り注いだ。

 爆発音と両軍兵士の怒号が混ざり合い、戦場の混沌を運んでくる。


 それはしだいにシャルルを包み込み、逃げ場を失わせるような錯覚を覚えさせた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ