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第048話「無事に生き残れたらな」

 リュシアンは城壁前に設置された指揮所テントの中で、テーブルに広げられた戦場地図を眺めていた。

 今回の戦いは防衛戦だが、野戦でもある。前線の状況を素早く把握し、機動的な部隊運用を行うために、砦の前に出て指揮を執るほうが合理的だと判断してのことだった。


 隣では、シュラウザーが斥候からの報告をまとめている。その視線は地図に落ち、敵の動きを冷静に分析しているようだ。


「魔王軍ですが、こちらの射程外で陣形を整えているのが少し気になりますね」


 リュシアンは、地図上に置かれた魔王軍の陣形を示す木製の駒を確認する。

 最前線には魔王軍の歩兵である犬頭の魔物の駒が並んでいる。その数、500匹。

 その後ろに、犬頭の弓兵が500匹。そして、それを挟むように、250匹のトカゲ兵がそれぞれ左右に展開している。


「たしかに今までの魔王軍より慎重だな。しかし、戦術の大枠は変わらないだろう。

 つまり、こうだ――」


 リュシアンは、地図の上に配置された敵の駒を指差す。


「恐らく、敵は同時に突撃してくる。こちらのエンチャント・アローを真正面に受けている間に、両翼に展開したトカゲ兵の機動力を活かして左右から回り込んでくるとみた。

 なにしろ敵魔王軍はこちらがトカゲ兵の情報を知らないと思い込んでいるはずだからな。そして、よほど機動力に自信があるのだろう」


 リュシアンは両翼に展開したトカゲ兵の駒がを見つめる。

 

「そして、相手はその機動を戦略の鍵だと考えているならば、こちらは側面の守りを固めてエンチャント・アローによる長距離攻撃に徹すればいい」


 ――ひとつ気になるのは、射程が期待できない魔王軍の弓兵を後ろに布陣させる理由か。


「伝令! 敵が動きました! こちらに向かって侵攻を開始!」


 指揮所テントに飛び込んできた伝令兵の声に、リュシアンは椅子から立ち上がった。


「痺れを切らしたか。所詮は魔物だな。野戦で人間様に挑もうとは愚かな。

 では、手はず通り――」


 突如として、轟音が響き、陣地が揺らぐ。

 連続する爆発音に、リュシアンは身体を支えるようにテーブルを掴んだ。


「魔法攻撃だと!」


 シュラウザーがテントの外へ飛び出し、叫んだ。リュシアンも即座に顔を上げ、テントを飛び出す。

 その瞬間、視界いっぱいに広がったのは、不気味な緑の炎を纏った無数の矢の第二射だった。


「……驚いたな。魔物がエンチャント・アローを使うのか?」


 思わずリュシアンが呟いた刹那、地面が爆ぜる。


 魔王軍の矢が着弾すると同時に、紅蓮の炎が陣地を覆い尽くした。

 爆風が吹き荒れ、熱波が皮膚を焼くように押し寄せる。

 兵たちの悲鳴が飛び交い、地獄のような火柱があちこちで立ち上がった。


 シュラウザーの怒声が響く。


「何をやっている! こちらの指示を待つな!

 前衛は陣形を維持しつつ後退! 弓兵は射撃準備!」


 リュシアンは上空を見上げた。


「防御結界の展開を急げ!」


 さきほどの二度の攻撃で座標を定め、指揮所テントと弓兵部隊を狙った精密射撃の第三射が放たれた――


 魔力を帯びた無数の矢が、鉛色の空を覆っている。


「ダメだ。防御結界が間に合わん!」


 リュシアンは剣の柄を握りしめ、降り注ぐ敵の矢に狙いを定める。

 刹那、大声を上げて剣を振るった。紅蓮の炎が空を裂き、傘のように空へと広がる。

 リュシアンの剣から放たれた火炎により、矢が次々と空中で爆ぜて消し炭と化していく。

 空に広がった熱が大気を歪ませ、焼け焦げた鉄の匂いが鼻を突いた。


「お見事です、リュシアン様!」


 シュラウザーの声が聞こえたが、リュシアンは答えず、静かに息を整えた。

 寿命を削るような全力攻撃を放ったにもかかわらず、弓兵部隊の三分の二しか守れなかった。

 火炎魔法の届かなかった地点に降り注いだエンチャント・アローが爆炎となり、大地と兵士を焼く。


 その光景を冷静に見届けると、リュシアンは熱を帯びた剣を無造作に地面へ投げ捨てた。


「今ので魔力をだいぶ使った。火炎魔法の再使用には半刻(1時間)はかかる。

 急いで陣形を立て直せ!」


 革手袋が焦げ、白煙を上げている。

 リュシアンはそれを脱ぎ捨てると、指揮所のテントへと戻った。


「かしこまりました!」


 シュラウザーは振り返ると、鋭い声で号令を飛ばした。


「残った弓兵部隊と付与魔術師隊は射程距離まで前進!

 防衛部隊は対魔法攻撃の防御結界を展開しろ!」


 従者が新しい剣と手袋を差し出してきた。

 リュシアンはそれを受け取ると、新しい剣を腰に帯び、手袋をはめ直しながら呟く。


「長距離攻撃魔法による大規模な撃ち合いか……

 このファルステラ大陸の歴史上、はじめての事態だな」


 シュラウザーは目を細め、背後の城壁を見やった。

 壁の向こうには、守るべき民がいる。


「街にいる吟遊詩人が喜ぶかもしれませんね」


「ああ。無事に生き残れたらな」


 リュシアンは戦場に鳴り響く爆音を聞きながら、薄く笑った。


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