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第045話「女性の勇者様が到着されました」

 昼過ぎ、広大な草原を駆ける馬の(ひづめ)が大地を叩く。

 南エンサリア砦へと急ぐシャルルは、勢いよく馬を駆りながら風を切って走っていた。

 その頭の上には、ふわふわとした白い小鳥――ボンボンになった女神が、帽子の飾りのように鎮座している。


「うはははははははは! ギャロップ! ギャロップ!」


「めっちゃ浮かれてますね、シャルルさん」


 ボンボンが呆れたような声を上げるが、シャルルのテンションは最高潮だった。


「これが浮かれずにいられますか!

 馬を駆り、風を切って走る――テンション爆上がりですよ!」


 シャルルは手綱をしっかり握りしめながら、大きく息を吸い込んだ。


「ダイエットを頑張ったかいがあったなあ……」


 シャルルはしみじみと流れ行く風景を眺めた。


「まあ、80kgの【乗馬スキル】の完ストを楽しんでもらえたならよかったですけどね」


 ボンボンが軽く揺れながら、満足げに言う。


「次は、この調子で79kgの【剣技スキル】の完ストを目指してください」


「言われなくてもそのつもり。

 何しろ、新しい装備を全力で楽しむためには77kgの【曲芸スキル】が必須なんで!」


 シャルルは得意げに左腕を掲げ、装着した籠手を見せつける。

 金のエングレービングがされた白く大きな〝それ〟は、籠手と呼ぶには少し大きい。


「ボルグニルさんに銃器以外の物を頼むの、それで本当に最後ですからね!

 ……ところで、それってどんな防具なんですか?」


「籠手とかガントレットとかブレイサーっていうのかな?

 俺としては〝小型の盾〟っていう認識なんですけど。バックラーと呼ぶには四角いからなー

 なんていうんだろう、これ? 自分で発注しておいてなんだけど謎の防具としか言いようがない」


「盾と曲芸? また妙なことを企んでるんでしょうねえ……」


 ボンボンがため息を漏らす。


「まあ、こいつの性能は実際に見てからのお楽しみってことで」


「もう色々と諦めましたよ、私……

 というか、『長靴をはいた猫』や『三銃士』からどんどん離れていってますよね」


「例えるなら『オムライスを作ろうとしたら、チャーハンができてた』的な?」


「どうでしょうね。まるで別物になったあたり『茶碗蒸しを作っていたのにプリンができた』の方が近いかも」


 シャルルは首を傾げる。


「……女神様、俺に似てきました?」


「傷つくので、やめてください」


「傷つくって言った!」


 疾走する馬の上で、ふたりの軽妙な掛け合いが続く。


 やがて、地平線の彼方に巨大な城塞がその姿を現した。

 南エンサリア砦――砦でありながら、城塞都市としての機能も持つ要塞。


 高くそびえる城壁が、陽の光を受けて鈍く輝き、遠目にもその頑強さを感じさせる。

 砦の背後には、青く広がる海が見えた。砦の外側には波が打ち寄せる港があり、いくつもの帆船が停泊している。


 広大な草原を駆け抜けるシャルルの視界に、砦へと続く街道が徐々に見えてきた。

 道沿いには野営地が点在し、戦いに備える兵士たちの姿もちらほらと見える。


「見えてきたな……!」


 シャルルは手綱を強く握り直し、さらに馬を加速させた。


 * * *


 潮の香りを含んだ風が、南エンサリア砦の高い城壁をなでるように吹き抜けていった。

 アヤトの眼前には果てしなく広がる草原があり、その遥か先には深い森が広がっている。


 砦の城門前に設置された大型の指揮所テントの中では、アヤト、リュシアン、シュラウザーの三人が集まり、テーブルに広げられた地図を囲んで静かに作戦を練っていた。


 外では、馬のいななきや鎧の触れ合う音が響き、兵士たちの号令が飛び交っている。

 戦の気配が濃く漂い、テント内の空気はしだいに張り詰めていく。


 その張り詰めた空気を断ち切るように、伝令兵が勢いよく駆け込んできた。


斥候(せっこう)隊より伝令! 魔王軍の接近を確認。

 数は約二千、トカゲの姿をした見慣れない魔物も混ざっています。

 明日の朝には、こちらの防衛圏に到達すると思われます」


「アヤト殿の報告にあった『トカゲ兵』という奴だな?」


 状況を整理したリュシアンが、地図上に示された防衛ラインを指でなぞる。


「そいつらは動きが素早いうえに、連携攻撃もしてくるらしい。

 各部隊に再度その情報を伝え、編成を急がせよ」


「はっ!」


 伝令兵は敬礼し、すぐさま指揮所を飛び出していった。


「勇者アヤト様に砦に来てもらったのは幸いでしたね」


 リュシアンはアヤトに視線を向け、深くうなずく。


「敵の動きを知れたのは、本当に良かった。重ね重ね、情報提供に感謝します」


 アヤトは苦笑しながら軽く手を振った。


「敵の動きを知れたのは女神様のおかげですから、感謝の言葉は女神様に向けてください」


「女神様って、本当におられるんですね」


 シュラウザーが顎髭を撫でながら、しみじみと呟く。


「そういえば、ウチの爺様が、若い頃に女神様と会ったとよく自慢話をしていましたが」


「みなさんは、女神様に会われたことはないんですか?」


 アヤトが問いかけると、リュシアンとシュラウザーは肩をすくめた。


「まあ、いずれあの世でお目にかかる時もあるでしょう。……今はその時ではありませんが」


 シュラウザーが冗談めかして笑うと、指揮所の入り口から別の兵士が入ってきた。


「女性の勇者様が到着されました」


「心強い援軍が来たな。こちらにお通ししろ」


 リュシアンが即座に指示を出し、兵士がテントの外に戻る。


 やがて、帽子を脱いだシャルルが、おずおずと指揮所に顔を出した。


「お邪魔しま~す」


 場の空気に緊張しているのか、微妙に引きつった笑顔で頭を下げる。


「え〜っと、あいにく名刺がなくて……どうもスミマセン」


 ぴょこぴょこと動く黒い猫耳。コルセットスカートの下で揺れる長い尻尾。

 黒いショートボブの髪がさらりと肩にかかる。


 白いブラウスを着ており、黒いコルセットスカートで締められている。

 羽織った白いマントは、黒いリボンで留められ、歩くたびに軽やかに揺れていた。


 すらりとした脚にぴったりと馴染む黒いニーソックスが、膝下のブーツと合わさり、全体的に気品を感じさせるが、どこか可愛らしい。シャルルの緊張した態度と相まって、余計にそう見えるのかもしれないが。


 リュシアンとシュラウザーは、そんなシャルルの姿に分かりやすく困惑した。


「えっと……こちらが勇者シャルルさんです。

 女神様とは……お友達だとかナントカ……」


 アヤトが困惑しながら紹介すると、シャルルは胸を張った。


「猫耳族の銃士シャルルです!

 男です。おっさんです!」


「男性……なのですか?」


 シュラウザーが困惑の表情をさらに深める。


「はい。立派な成人男性です!」


 リュシアンが助けを求めるような視線をアヤトに送った。


「シャルルさん、その自己紹介、何とかなりませんか?

 みなさん、困惑するので……僕もですけど……」


「嘘はいけない」


「他人が困惑するような事実なら、いっそ言わないでください」


 アヤトは頭を抱えるしかなかった。


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