Interlude_03 [この終末の世界で、私をママと呼んでくれるキミへ]
「ママ?」
目の前の少女は、私にそうたずねた。
少女の大きな瞳と目が合う。
――私に対して、言ったらしい。
あらためて、その少女を見つめる。
年齢は5歳ぐらいだろうか?
やわらかそうな桃色の髪をツインテールにしており、さらに幼く見える。
ぶかぶかのワンピースはアンティークピンクで、少女の髪色に自然と合っていた。
――花の妖精なのだろうか?
そう思ったのは、彼女が胸に抱いていた、水色のネモフィラの花束のせいだろう。
よく見れば、少女の瞳もまた、ネモフィラのように淡い水色に輝いていた。
「私……が、ママ?」
私は自分を指さし、少女に確認する。
「ママ!」
少女は微笑むと、ネモフィラの花束を抱いたまま、私の胸に飛び込んできた。
「え、えっと……私、男っていうか……神なんだけど?」
世界は静かに滅びた。
誰も叫ばず、青白い炎に包まれ、ふわりと夜空に溶けていく。
ある者は眠るように、ある者は祈るように、そして、ある者は「これで孤独はなくなる」と微笑みながら。
少女を胸に抱きとめながら、私はあらためて街を眺める。
満天の星空の下、街のあちこちに青白い炎が揺らめく。
それは、まるで送り火のようだった。
ふと視線を感じて、町の入口に目を向ける。
そこには、水色のワンピースを着た、5歳ぐらいの女の子が微笑んでいた。
黒いストレートヘア。その頭の上に蟻のような触覚が揺れる。
その少女はゆっくりと手を振ったあと、青白い炎に包まれて、風に舞った。
彼女の手にも、ネモフィラの花束が握られていたのが、強烈に記憶に残った。
――これが、私が管理する世界の人類が消滅した日の話。
いや、私の愛娘となる、ルル以外の人類が滅んだ日の話。
そして、神である私が「ママ」になった日の話だ。
* * *
「……ルルが、ママって呼んだのは、この日が最初だったわねえ……」
というより、「ママ」以外の呼ばれ方をされたこともないが。
ページをめくる指先が、ふと止まる。
次のページには、子どもの手で描かれた拙い絵。
長い青髪の人物と、ピンクの髪の小さな女の子が、手を繋いでいる。
その上には、でかでかとしたクレヨンの文字――
『ママだいすき!』
「――ちょっと! 待って!
私、泣きそうなんですけど? 違う! もう泣いちゃってる!
なんど読んでも、このページで泣いちゃうううぅ!!」
「掃除の邪魔です、ラズリオ様。日記を読むなら自室でやってください」
極悪メイドであるナインが、わざとらしく私の頭の上で、はたきを動かす。静電気でホコリもバッチリ吸着する便利な魔道具だ。私の自慢の青い髪が、静電気でバチバチと音を立てる。
「ちょ、ちょっと! この世界の管理神に向かって、なんてことを!」
「神様なら、神様らしく……少しは家事ぐらい手伝ってください」
「どこの世界に家事をやる神がいるか!
それに、これはただの日記ではない!
私とルルの愛の記録……育児日記だ!!」
ナインが無表情なまま、目を細める。
「……なんかキモいです、ラズリオ様」
「な・ん・だ・とぉ!!!」
画用紙に向かって、一生懸命にクレヨンを走らせていたルルが迷惑そうに顔を上げ、私とナインを可愛く睨みつける。
「ふたりとも、ケンカしないの!」
いかん。怒っている顔も可愛い。めちゃくちゃ可愛い。
神々の黄昏まで、この顔に永遠に怒られていたい。
「それと、ママのしゃべり方がママじゃない!」
「くっ……わ、私は、か、神……」
「ママ?」
「はあ~い! ママ、もう全力で反省しちゃうわよ~!
ほおら、ナインともこんなに仲良し――」
ナインを強引に引き寄せるが、見えないところ(背中)に、明らかに刃物が当たる感触があった。
「そうですよ、ルル様。このキモいオネエと有能なナインは、こうみえても大の仲良しです。
思わず、本気で討伐したくなるぐらいに」
「オネエじゃなくて、ママよ!」
そのやり取りに、ルルが満面の笑みを浮かべる。
下の前歯、小さな乳歯が1本取れていて、さらに可愛い。
「本当に……可愛い娘ねえ……」
どこまでも広がる淡いブルーのネモフィラ畑。
その中央に建つ、小さな木の家。
春の空は、ネモフィラの花のように青い。
昼間の月は青空に溶けそうなほど淡く、白い姿を現し、その隣には愚かな『ヘスフィオン』が姿を蠍座から天秤座に変えながら浮かんでいる。
ルル以外の人類が滅びた日常。
今日も一日はゆるく穏やかで、そして幸せに満ちていた。




